僕には何もない。
あの言葉をかけられるまでは、本当にそう思っていた。
日差しが強くなりつつあるお盆時の昼前、汗をぬぐいながら僕は坂道を歩く。
どうやら、今日は猛暑日になりそうだ。
そういえば、あの言葉をかけられたときも、こんな暑い日だったな。
生花と水桶を片手に僕は彼女が眠る場所へ足を運ぶ。
「今日も暑いね。前にお供えした花も取り替えないとね」
お花を入れ替え、水鉢の水もキレイなものと取り替える。
線香の煙が昇るなか、手を合わせて、彼女に想いを馳せる。
『私にはない神様からの贈り物が君には必ずあるから』
まぶたの裏に映る彼女は相変わらず、笑顔で僕を励ましてくれる。
生前、ユナが僕に伝えてくれた言葉。
今では、僕を突き動かす原動力になっている。
当時の僕は、なんの取り柄もなく、他人よりも優れたものがないと思っていた。
そんな僕を唯一肯定してくれていたのが、ユナだった。
ユナは学生の頃から、成績優秀、スポーツ万能、クラスの人気者だった。
何もできない僕からしたら、完璧超人のように思えて、近づきがたい憧れだった。
学校ではまったく目立たなかった僕の趣味は作曲だった。
当時から僕はパソコンで打ち込んで作曲するDTMにハマっていて、それだけが僕の心のよりどころだった。
その時の僕は、傍から見れば、イヤホンを耳に付けて何かを聴いている気味の悪い同級生とクラスメイトに映っていただろう。
僕はそう思われているであろうことを、感じながらも僕は音楽に没頭することで気づかないフリをしていた。
そんなある日、僕が作曲したBGMを聴いていたら、ユナが話しかけてきた。
「アマミヤくん、何聴いているの?」
僕は驚いた。
ユナのグループの男女は止めたようだったけど、それでも、ユナは僕に声をかけたらしい。
僕は戸惑いながらたどたどしく答えた。
「あ、僕が自分で、作った曲を聴いていたんだ」
すると、ユナは目を丸くして両手を叩いた。
「作曲しているの?! すごいね! 私、作詞はしたことあるけど、作曲はしたことないんだぁ」
「全然、すごくないよ。作曲って言っても、大したことしてないよ」
僕は謙遜なんかじゃなく、卑屈になってそう言った。
しかし、ユナはそんなことはお構いなしだった。
「ほんとにぃ? ホントかウソか、私が見極めてあげよう! だから、聴かせて聴かせて!」
押しが強かったユナの勢いに負けた僕は、イヤホンを渡した。
彼女は、目を閉じながら頷きながらリズムに乗っていた。
聞き終わりイヤホンを耳から外した彼女は、不機嫌そうな顔した。だから、大したことはしていないって言ったのに……
ところが、思ってもいない言葉が返ってきた。
「なぁにが大したことしてないよ、だよぉ! かっこいいBGMだよ! すごいよ!」
その日から僕とユナの交流が始まった。