小説「何もないところにあるもの」 - 5/5

翌日も、相変わらず夏真っ盛りで、連続猛暑日だった。

 

「え、曲できたの? 嬉しい! 聴かせて?!」

 

その日の彼女は、いつもより元気だったのを良く覚えている。

 

「うん、ユナが元気になれるようにって曲を作ったんだ」

 

早速、ユナはイヤホンをつけると、初めて曲を聴いてくれた時のように、リズムに合わせて頷いていた。

曲を聴き終わると、ユナは少し目を赤くしながら、言った。

 

「すごく優しい曲。耳に残るいい曲だと思うよ」

「ありがとう、ユナからそういわれると自信が湧いてくるような気がするよ」

「あ、そうだ……私もね、歌詞を考えていたの。良かったら、この曲に乗せて欲しいな」

「いいよ。その歌詞、教えてくれる?」

 

すると、ユナは恥ずかしいのか、顔を赤らめながら、ノートを差し出してきた。

以前、枕元に隠していたノートだった。

受け取り、ノートを開こうとしたら、ユナは慌てて止めた。

 

「ダメ! 今、見ないで! 恥ずかしいから、お家に帰ってから読んでくれる?」

「わかったよ。そんな恥ずかしいことなの?」

「いいから、家に帰ってから読んで!」

 

言う通りにしないと、ユナが機嫌を損ねてしまいそうな勢いだった。

 

「また、遊びに来るね」

「うん、待ってる」

 

そう言葉を交わして、僕は病室をあとにした。

 

そして、帰宅してノートを開いた。

そこには、たくさんのメモが書いてあった。

難病になってショックだったこと。

治る見込みがないこと。

でも、作詞は辞めたくないという意志。

僕の曲に勇気づけられているということ。

僕に会いたいという想い。

いろんな彼女の心の叫びがそのノートにはつづられていた。

そして、最後のページに、歌詞が書かれていた。

 

歌詞を読み終えたとき、ふとユナの声が聞こえた。

 

「ありがとう。ごめんね」と。

 

その直後に、ユナが容態が急変して、先ほど息を引き取ったと彼女のお母さんから連絡を受けた。

 

僕が最後に会いに行く前日まで彼女は弱っていたそうだ。

でも、会いに行ったときは、本人もびっくりするぐらい元気になっていたらしい。

なんでも、僕が曲を完成させて、聴かせてくれる日がその日のような気がすると、彼女は言っていたらしい。

 

葬儀の際、彼女のご両親に僕は何度も礼を言われた。

つらい時期でも、頑張っていられたのは、僕のおかげだと。

嬉しいと思う反面、僕は何もできなかったと無力感を覚えていた。

 

でも、彼女の歌詞に書いてあった『何もないと嘆いている君には強さがある』という言葉を思い出していた。

それに、あの時、手を握ってくれたあの時の言葉

 

『私にはない神様からの贈り物を君は必ず持ってるから』

 

それも歌詞に込められていた。

僕がそうだったように、彼女もまた、僕を励まそうとしてくれていたんだ。

それは仲良くなってからずっとそうだったんだ。そしてこれからも……

 

ユナのお墓の前で手を合わせた後、僕はぽつりとつぶやく。

 

「もう、あれから5年も経っちゃったよ。時間が経つのは早いのかな」

 

それとも、まだ5年なのか……わからない

 

「お彼岸になったら、また来るね」

 

彼女が遺してくれたノート。僕はそれを肌身離さず持っている。

ノートがあれば、彼女が傍にいるような気がするから。