「サキ、おはよう。今日もいい天気だね」
僕が挨拶をすると、先に起きていたサキはにっこりと笑顔を返してくれた。
サキは黙々と朝ごはんを作ってくれて、黙ったまま料理を並べてくれた。
「いただきます。うん、今日もおいしいよ」
僕がそう答えると、サキはとても喜んだようで満面の笑顔を見せてくれる。
僕が食べている様子をにこにこしながら見ている。
「ごちそうさまでした」
食器を片付けようとする僕よりも先に食器をシンクに持っていくサキ。
「僕が持っていくのに、相変わらず気遣いさんだね」
やはりサキは黙ったまま笑顔を見せるだけだ。
サキは歌姫だった。
歌声はそれはとても美しく、誰もが魅了されるようなものだった。
僕もまた魅了された一人だ。
でも、今のサキは歌うことをしない。いや、歌えないのだ。
声を発するどころか、筆談することすらできない。
伝えられるのは表情だけなのだ。
彼女は、自分の意思を発信する力を失っている。
原因は呪いによるものだった。
何故、呪いがかかったのかは僕たちにもわからない。
ただ、呪いにかかった時から徐々に彼女は言葉を発することができなくなった。
しまいには筆談で意思表示することすらできなくなった。
意思表示ができなくなる直前に、彼女は唯一の希望を伝えてくれた。
呪いを解く方法は存在するということを。
僕は高名な魔術師などに話を聞いたりして、呪いを解くための呪文を教わった。
しかし、どの呪文も彼女を解くことはできなかった。
呪文の言葉を間違っているのか、それとも、呪文そのものが効かないのか。
どちらにせよ、いまだに彼女の呪いはそのままだ。
サキは気休めなどを言う人ではないから、呪いを解く呪文は存在するのは間違いないと僕は思っている。
ただ単に、その答えを僕が見つけられていないということだ。
サキはいつも明るく振る舞い、笑顔を絶やさない。
歌えなくなっても私にはピアノがあるから。
言葉を失う前の彼女はそう言っていた。
実際、失った今、ピアノを使って作曲をしていて、素敵な曲を作っている。
そこに歌詞がないことがとても残念なことだと思う。
ある日、僕は一つ名案を思い付いた。
呪いを解く方法ではないけれど、サキに喜んでもらえることだ。
「なぁ、サキ。良かったら、君が作った曲に僕が歌詞をつけてもいいかな?」
サキは驚いたような顔をしたあと、嬉しそうにコクコクと何度も頷いてくれた。
とはいえ、僕はサキのように音楽の知識がまったくなかった。
そこで、彼女が昔、作詞していたノートを見せてもらうことにした。
どれも素敵な歌詞ばかりだった。
「まいったな。こんなに素晴らしい歌詞のようなものを僕は作れるかな?」
サキは少し呆れるような顔をしたが、大丈夫できるよ、と言わんばかりに自信満々な表情を浮かべた。
言葉で伝えることができなくても、僕には彼女が何を伝えようとしてくれているのか、わかるようになっていた。
僕は彼女がかつて作詞していた歌詞の中でも一番気に入ったものを選んだ。
その歌詞にあった曲はすぐにサキが演奏してくれた。
代わりに僕が歌って、曲と合わせてみた。
歌い終わったあと、サキが拍手してくれて、少し照れくさかった。
サキがこちらを伺うような様子を見せた。
「大丈夫だよ、おかげで作詞する自信ができたよ」
その日の夜、僕は作詞を始めた。
昼のうちに歌った曲に対するアンサーソングとなる歌詞を書こうと考えた。
私は幸せです。
歌うことが好きで、いつも楽しいことばかりで幸せです。
でも、歌うことができなくなっても私は幸せだ言えると思います。
まるで、今のサキを現しているような歌でとても前向きな曲。
そんな曲に対して、僕の気持ちを返すような歌詞を書こうと思った。
二日後、四苦八苦しながらも僕は歌詞を完成させた。
「サキ、歌詞ができたよ! 曲に合わせて歌ってもいい?」
すごく嬉しそうな顔をしたサキは、そそくさとピアノの方へと向かった。
君を尊敬します。
歌えなくてもいつも前向きで、笑顔を絶やさない。
そんな君を大切にしたいと思います。
願うなら歌声を取り戻してあげたい。
そんな内容の歌詞だ。
歌い終えたあと、サキが人差し指を立てて、もう一度前奏を弾き始めた。
もう一度歌って欲しいということだろう。
僕がもう一度歌う。
サキはとても気に入ってくれてよかった。
そんなことを思っていると、サビのところで不意に美しい歌声が隣から聞こえた。
サキの歌声だった。
僕は歌うのをやめない。
サキも弾き語りを続ける。
二人で向かい合いながら、歌い続ける。
笑顔のまま歌い続ける。
まさか、僕が作った歌詞が呪いを解くきっかけになるとは思いもしなかった。
サキは僕が作詞することがきっかけになることをあえてはっきり言わなかったという。
「どうして、ちゃんと教えてくれなかったんだい?」
「だって、そう伝えると、あなたは作詞することを楽しめないじゃない」
どうやら、僕に作詞の楽しさを知ってほしかったからようだ。