四月二十五日
地上の光など一切届かない地下室の最奥部にその部屋はあった。
数限られた人物だけが存在を知っており、その者たちのみ立ち入ることを許されたシークレット・ルームの一室。
部屋の中には白衣を着た研究員と思わしき人物が数人いた。
中央には、一つのカプセルがあり、一人の少女が眠っていた。まるで、眠り姫のように……
カプセルの外側には、いくつものプラグが接続されていて、それは部屋の壁際に置かれている電子機器へとつながれている。
その場にいる者は、ある者は電子端末に、ある者は手に持っているファイルに、ある者はカプセルに視線を集中させていた。
電子端末を凝視していた者が声を上げる。
「コールドスリープ、解除されます」
「脳波、脈拍、呼吸共に確認されました。血圧も正常値に近づいています」
「筋肉にも異常はないな。骨密度も問題なし」
「体温も徐々にですが上昇しています」
カプセルは光を遮るかのように、少女の顔から下を覆い隠していた。
少女の顔つきを見る限り年齢は十五歳くらいであろうか?
棺桶のような印象が感じられるカプセルが開かれる。内部に閉じ込められていた冷気が白い波のようになって外側へと溢れかえっていく。
カプセルが冷気を出し切ると、少女はゆっくりとまぶたを開く。見開いた瞳は海のように澄んだ蒼い色をしている。髪は真っ白な肌とは対照的に闇のように光を受け入れない漆黒だった。
ゆっくりと上体を起こすと、両手を握り締めたり、足をぶらつかせてみたりと、自分の身体の動きを確かめる。
少女が衣服を一切身に着けていないことに気が付くと同時に、研究員の一人が少女の体躯に合う一切皺のない整った黒一色の洋服を差し出す。しかし、自身が裸体であったことを少女は気に留めていない様子であった。
少女は黙って洋服を受け取ると身につけた。漆黒の髪と相まって、黒の洋服が栄える。
着替え終わると、少女は研究員の一人に問いかける。
「私が目を覚ましたということは、計画が始動したということかしら?」
明らかに年上であろう研究員に上から語りかける少女に対し、研究員はへりくだった口調で返答する。
「はい。日本で実験が開始されたそうです。男女の研究員一名ずつが志願し、転移が確認されたそうです。まだ、計画が成就されたわけではありませんが、第一段階はおおむね成功かと」
「そう、それは吉報だわ」
その言葉を耳に入れると、少女は口角を吊り上げて笑みをこぼした。しかし、その笑みは十五歳くらいの少女には似つかわしくない歪んだ微笑みだった。
「では、日本に向かわれますか?」
「そうね、私も直接実験の成果を見てみたいし、そうさせてもらうわ」
少女は、右手の甲を見るなり、不愉快そうに顔をしかめるとカプセルの横のテーブルに置かれていた指なしの手袋に右手を通した。
足元に置かれているかかとが少し低いヒールを履くと、長い黒髪を掻き分けて、乾いたヒールの音を鳴らしながら部屋から出て行った。
研究員たちは頭を下げたまま、少女を見送った。