「何だい? こんな状況で笑うなんて」
「だって、付き合い初めて何年になる? って、言うからよ。私はもう付き合っているものだと思っていたのに、あとになって告白したのは恭治だったじゃない」
こんな状況でするような会話ではないけれど、転移和沙も言わずにはいられなかった。
それに、もしかしたら、恭治の気持ちをリラックスさせることが出来るかもしれない。
それに対して恭治は、口を尖らせて仏頂面を決め込んだ。
「それは、言わないって約束したじゃないか。和沙、反則だよ」
「ごめん、ごめん。でも、昔のこと、段々思い出せなくなってきているんだよね……」
転移和沙の突然の告白に、恭治は構えていた拳銃を下げ、警戒も解いてしまったほど驚いた。
明るい話をしていたはずなのに、急にトーンダウンしてしまった転移和沙の声色がその深刻さをよく現していた。
確かに、最近の転移和沙は呼びかけても返事をせず、ぼうっとしている時が増えている。他にも、第四の快楽が増えたとも言っていた。それらも、関係しているのだろうか?
「その症状はいつごろから起きていたの?」
「多分、五月末ごろだと思う。私が詩を歌った時にはもう始まっていたから」
「どうして、言わなかったの?」
恭治も責めるつもりはないが、そんな重大なことを黙っていたことを知ってショックを受けた。
それは、再転移が失敗することと何か関係しているはずだ。
もしくは、転移してしまったことに対する副作用のようなものなのかもしれない。
「ごめんなさい。でも、頭痛で苦しんでる恭治のことを考えると、言い出すことが出来なかったの」
再転移を行う度に、酷い頭痛にさいなまれていたのは事実だ。だけど、恭治は隠していた。
妙なことで転移和沙に心配や罪悪感を心に持ってほしくなかったから。
そうだとしても、自分だって転移和沙に隠し事をしているではないか。しかし、転移和沙は恭治の体調のことを気にかけて敢えて告げることを避けていたのだ。
やっぱり、僕の中にいる優しい和沙こそが、僕の知っている和沙だ。
そのことを自覚した恭治は何としても、この研究棟から脱出する手段を自分に求めた。
どちらにしても、自分たちに退路はない。ならば、あの手を使ってしまおうか……