ウェイク和沙は、オクタヴィアンの命令で研究棟を走り回るサンクシオン機関の隊員と何度も肩をぶつけながら、おぼつかない足取りでケータイを片手に恭治を求めて彷徨っていた。
「恭治、どこ? 本物のワタシはここにいるわよ……」
同じ言葉を、何度も何度も繰り返しケータイにつぶやく。恭治に着信拒否されているにも関わらず。
脳死状態から覚醒して以来、拒絶されてもウェイク和沙には恭治の姿しか目に見えていなかった。
恭治という存在を手に入れるまで、他のものなど全く見えないし、見るつもりはない。
ウェイク和沙が転移和沙に対して、深い憎悪を抱いた直後に自宅のパソコンにメールが届いた。
メールを送信してきた主は、フランス本部で設立されていたと言われている制裁組織・サンクシオン機関の副官と名乗るヤン・ガラムという女性だった。
一体どこで知ったのかはわからないが、実験体である綾辻和沙がウェイク和沙と転移和沙という同一人格が存在し、別々の肉体に納まっていることなど、彼女はプロジェクト・メメントモリの詳細をほとんど把握していた。
さらに、ウェイク和沙が転移和沙を憎んでいることまで何故か知っていた。
その上で、ガラムが話を持ちかけてきた。
実験体『一つの器』こと烏丸恭治の脳内に存在する転移和沙が実験体の脳に悪影響を及ぼしている。
転移和沙を排除することで、烏丸恭治を計画から解放する手助けをサンクシオン機関が行う。
その代償にサンクシオン機関は、転移和沙を研究材料とするため確保したい。
大義名分となる動機はこちら側にある。なので、全面的に采配を任せてほしい。
「とにかく、あなたにとっては、悪い話じゃないと思うんだけど? 大丈夫、私たちが上手くやるから」
何を根拠に上手くやれるという確証があるのか理解できなかったが、ガラムがウェイク和沙に送ってきたメールは、まるで仲の良い友人に対して気軽にメールするかのような呼びかけの文面だったため、かえって親しみを感じその企みに乗ろうと思えたのだった。
実際に好都合だった。転移和沙さえ、恭治の脳から追い出すことができれば、何ら問題のない。
排除された転移和沙がどういう扱いを受けようが、ウェイク和沙にとってはどうでもいいことなのだから。