どうにかして恭治を説得したあと、彼の安全だけでも確保するようサンクシオン機関へ願い出ることは出来ないかと。
どうせ、私は消えかかっている存在だ。恭治の安全のためなら、差し出しても構わない。
恭治に無謀なことをさせてまで守ってもらえる価値のある存在じゃない。
でも、私を守ってくれるのが嬉しいと思う。やっぱり、私って罰当たりなんだ。
転移和沙が裏で恭治の身を案じて不安と悲しみの感情を抱いていると、表に出ている恭治は、それを脱出に対する不安だと受け止めた。
「大丈夫だよ、きっと上手く逃げ出せるよ」
制御室を退室しようとするときに、恭治は転移和沙を励ますために言った言葉だったが、転移和沙にとって励ましの言葉ではなかった。
ウイルスが起動すると全て停電してしまう。真っ暗になればサンクシオン機関は一時的に動きを止めるだろうけど、こちら側としても真っ暗の中を歩いてエレベーターにたどり着けるとは思えない。
だから、停電が始まるまでに、少しでもエレベーターの近くまで行きたかった。
おそらく、サンクシオン機関の隊員たちも、恭治が生体認証をロックされたエレベーターを使って特殊研究棟を抜け出そうと考えているとは思っていないだろうから、待ち受けている人数も少ないだろう。
皮肉だが、実験中に実験体が暴走するような緊急時に処分するために、銃器の扱いは一通り教わっている。まさか、自分が暴走した実験体として捜索されるようになるとは思いもしなかったが……
ただ、実際に人間を撃ったことはない。それでも、エレベーターを守っている隊員たちを撃つ必要がある。
以前なら、ためらっていたのかもしれないが、今なら撃てる気がする。
和沙に危害を加える存在はすべて敵だ。だから、僕は迷いなく撃てる。
監視カメラと追っ手の姿に警戒しつつ、左手首につけているデジタル時計で停電までの時間を確認しながら少しでもエレベーターに近づけるように駆け出す。
思いのほか、エレベーターに近づくにつれて、追っ手の数が少なくなっていく。
しかし、監視カメラの数は減ることはないので、どうしても足止めを食らってしまう。
角を右に曲がればエレベーターが視界に入るくらいに近づき、傍に隊員が二人いることを確認出来たところで、停電が起こった。
追っ手の隊員たちは、突然の停電に驚き、状況確認のために連絡を取ろうとしているようだが、機器を使用不能にしたんだ。使えるのは、電池式のライトくらいなものだろう。
恭治の方からライトを使うと場所がばれてしまうから、自分が隊員たちの光に灯されないように周囲の光にも気を配る。
どうやら、ライトを灯していた見張りの二人もその場を立ち去ってしまったようだ。
どのみち、停電は非常電源に切り替われば、すぐに復旧する。ただ、数秒のパニックを起こしたかっただけだ。
復旧までそう時間はない。緊張をほぐすために、目を閉じて深呼吸を一回。それから拳銃を構え直す。
時計の光が漏れないように手で覆って画面を見ると光を消して復旧までを心の中でカウントダウンする。
5……4……3……2……1……0!
(今だ!)
角を右に曲がって走り出した途端、誰かにぶつかった。
非常電源に切り替わり電灯が灯ると、ぶつかった相手が尻もちをついたので銃を向けた。すると、その人物はこちらを見上げてつぶやいた。
「恭治……」
それは、見た目が和沙なだけのまがいものだった。