ウェイク和沙は、ゆっくりと立ち上がると、恭治が銃を構えているのにも関わらず、抱きついてきた。さっきまで自分の意識すら取り上げていた酷い頭痛も、嘘のように治まった。
「恭治……探したのよ? ワタシを置いてどこに行くの?」
心の底から安心した様子のウェイク和沙は、恭治を抱きしめた腕の力を強めた。
それを恭治は汚らしいもののように感じ、ウェイク和沙の腕を振り払って、距離をおいた。
「僕に触るな!」
なぜ恭治に腕を払われたのか、まったく理解できないウェイク和沙。
「どうしたの? ワタシよ?」
一歩一歩、恭治に向かって歩み寄るが、恭治もまた一歩一歩後ずさりしていくので、距離は離れないし縮むこともない。
「そう、ワタシのまがいものが恭治の身体を動かしているのね。待ってね、今、まがいものを処分してあげるから」
全て転移和沙のせいにしようとするウェイク和沙の言動に対して、恭治は反射的にウェイク和沙の左頬を右手で叩いた。何をされたか、一瞬わからなかったウェイク和沙。
「いい加減にしろ! 何もかも、僕の中にいる和沙のせいにするな! お前だって和沙だというなら、僕の言いたいことぐらいわかるだろ!?」
「嘘よ、恭治はワタシにそんなことをしないし、言わないわ。そっか、偽物が恭治をたぶらかせて、そうさせているのね」
恭治の意志を勝手に転移和沙のせいだと決めつけ、左の内ポケットに右手を入れると、そこから拳銃を取り出して正面に構える。
銃口を自分に向けられると恭治も、反射的にウェイク和沙に銃口を向ける。
まさか、今一度恭治に拒否されているとは思っていないウェイク和沙が取り乱す。
「このまがいもの! ワタシの恭治から出て行きなさいよ! あんたがどれだけ、彼を苦しめていると思っているの!」
「そんなこと、わかってるわよ!」
表に出た転移和沙が、ウェイク和沙に対して声を震わせながら叫んだ。
言葉を告げる間を与えずに、転移和沙はウェイク和沙に向かって言い放った。
「確かに私が恭治の中にいることで、彼に負担をかけているわよ。しかも、私の再転移に失敗を繰り返すたびに、酷い頭痛にさいなまれている。それなのに、私が責任を感じていても、恭治は私のせいじゃないって言って励ましてくれる。最近になって、何故か彼の思考の一部を読み取れるようになったから、恭治が『早く、和沙を元の身体に戻してあげたいな』って思っていることを知った時は、苦しかった!」
ずっと押し殺していた気持ちを遠慮なく吐き出していくと、悔しくて転移和沙は涙を流しながら続けた。
「あなたの言うとおり、私はまがいものなのかもしれない。それなのに、恭治は私を選んでくれた。でも、それがものすごく辛いことだってあなたにはわからないわ! 私のせいで恭治は綾辻和沙の身体に宿るあなたを憎むようになってしまった。私さえ、私さえいなければ何の問題もない。でも、私だって恭治と共に在りたいの。だって、私も綾辻和沙なんだから! そのジレンマがどれだけ私の心を引き裂こうとしているのかなんてあなたには一生わからない!」
泣き叫ぶ転移和沙が操る恭治の両手の中で拳銃ががたがたと小刻みに震えていた。必死にウェイク和沙に銃口を向けたままにしようとしているが、それも難しい。
「だから、何なのよ? 恭治はワタシのものよ! あんたなんか、恭治には不必要なのよ!」
怒りを込めて突き刺すように何度も何度も、転移和沙に銃口を突き付けるウェイク和沙だが、相手は恭治の姿。どうしても怯んでしまう。
どちらの和沙も、互いに罵声を浴びせることしか出来なくなっていた。
いや、まだ最悪の行動に移ることが出来た。それに気付いたのは、裏にいる恭治だった。
(和沙、やめるんだ!)
裏にいる恭治が届かないとわかっていても、転移和沙を止めるためには叫ばずにはいられなかった。
自分が表に出ることで転移和沙を制止しようとも考えたが、何故か表に出ることができない。
転移和沙が拒絶しているようだ。
恭治は気づかなかっただろうが、心の叫びは転移和沙にしっかりと届いていたのだ。
制止の言葉を読み取っても、転移和沙にとって譲れない一線があった。だから、恭治の言葉を受け入れるという選択肢を選ぶことができない。
(和沙、お願いだから!)
何度も心の叫びが届き、読み取れる。でも、もう言葉は転移和沙の心まで届かない。
震えていた両手はしっかりと拳銃を握り、銃口はウェイク和沙の胸あたりに向けられていた。
相手は和沙自身の姿をしている。それでも、もう後戻りは出来ない。
恭治が撃たれる前に、私が……
(やめてくれ、和沙!)
恭治の訴えが叫ばれた時には、転移和沙は何度も引き鉄を引いていた。