数発分の銃声が聞こえたのは、研究棟の出入り口となるエレベーター前だった。
銃声に反応してサンクシオン機関の隊員やオクタヴィアン、ガラムたちはその場へ急いで向かった。
皆がたどり着くと、銃口から硝煙を吐き出している拳銃を撃ち終えて、全身を小刻みに震わせて両目から大粒の涙を流している『一つの器』が立っており、その正面には『一つの器』に撃たれたのだろう、胸の辺りに何発もの銃弾を受けて血まみれになって息絶えている綾辻和沙の姿があった。
凄惨な光景だったが、サンクシオン機関の隊員たちにとっては、当たり前だったので、その場で立ち尽くしている恭治に向けて構えているライフルの銃口を向けた。
対して『一つの器』は涙のあまりに視界がにじみ照準を合わせることもできず、弾切れになっていることに気付いている様子もなく、がむしゃらに引き鉄を引き続けている。
そこで、隊員たちに改めて銃口を突き付けられ、ライフルを構えた音で自分が置かれている状況を理解した。
隊員の一人が、倒れているウェイク和沙の首元に手を添えると、オクタヴィアンに向かって首を横に振った。
その様子を眺めながら、オクタヴィアンはゆっくりと恭治の前に立った。
「ウェイクを殺したのは烏丸恭治か? それとも、転移した女の方かぁ?」
背が低い恭治の視線で、転移和沙は見上げる形で睨みつけた。
鋭い目つきで睨まれたとしても、オクタヴィアンを怯ませることなどできない。
「そうか、女の方が殺したのか」
むしろ、オクタヴィアンにとって、転移和沙がウェイク和沙を手にかけたという結末がとても愉快だったようで満足そうにほくそ笑んだ。
そして、何を思ったのか、労うように転移和沙の左肩を数回叩いた。
「まぁ、気にするな。どちらにせよ、お前が元の身体に戻れることは不可能だったからな」
ウェイク和沙が生きていれば、彼女が邪魔で戻れない。
ウェイク和沙が死ねば、肉体が死ぬことになり、やはり戻ることができない。
しかし、裏で会話を聞いていた恭治だけは気が付いた。転移和沙が無事に元の身体に戻れる可能性が一つあったということに。
ウェイク和沙が死ぬことが前提だが、ただ死ぬのではなく、脳死状態にしなければいけなかったのだ。
肉体的には健全で、人格がない空っぽの器であれば、転移和沙を和沙の身体に戻すこともできたかもしれない。
そうすることができれば良かった。でも、もう取り返しがつかない。すでに、ウェイク和沙と呼ばれたまがいものが支配していた和沙本来の身体は、和沙本人が殺めてしまった。
「さて、今度こそ、素直に俺たちの言うことを聞いてもらおうか。これ以上抵抗されると、お前らを蜂の巣状態にしないといけなくなるからな」
オクタヴィアンに顎だけで指示されたサンクシオン機関の隊員の一人が、恭治に近づく。
抵抗されることを警戒しながら、空になった拳銃をゆっくりと取り上げる。
無抵抗になった『一つの器』の首元に隊員が注射器を刺して薬物を注入すると、恭治も和沙も意識を失った。
その日の夜、ガラムはノートパソコンで誰かにメールを書いていた。
「計画は順調に進行中。明後日以降、最終段階へ移行」
誰に対して送られたのかは、ガラムにしかわからない。