七月一日
和沙がウェイク和沙を殺害し、元の身体に戻れなくなって、四日。
僕たちは用意されていた個室に監禁され逃げ出さないよう、拘束具を着せられている。
僕たちが逃走したあとに真山さんがウェイク和沙にナイフで刺されて、亡くなったと聞かされたのは、サンクシオン機関によって部屋に運ばれたあとだった。
たしかに、真山さんが亡くなったのはショックだった。でも、すぐにどうでもいいと思うようになった。
そんなことよりも和沙が自分の意志でもう一人の自分を殺めたこと方があまりに衝撃的だった。
ウェイクと呼ばれたまがいものを排除したことで、僕の脳にいる和沙を改めて、関係者は「和沙」と呼ぶようになった。彼女こそが、本物の「和沙」だ。そう認めさせることができた。
でも、それで和沙が救われたのだろうか?
自分が帰るべき肉体を失い僕の脳に留まっているが、この先、あのオクタヴィアンという男によって、僕から引き離されてしまう運命にある。
もう本当に、僕には何かできることがあるのかわからない。下手に抵抗すれば、今度こそ殺されるだろう。
もう一方で心配なのが、日に日に和沙が表に出る機会が少なくなってきているし、僕が呼びかけても返事すらしない時がある。
和沙は眠っていたと謝るけど、本当はそうじゃないことくらいわかる。
きっと、和沙という人格が消えようとしているんだ。
その兆候は前々からあった。ぼうっとする時間が増えたり、過去の記憶を忘れ始めていると言っていたから。
また、僕にも異常が起きている。
プロジェクト・メメントモリが始まってから、無謀かつ無意味な行動をしたり、行き当たりばったりの判断で抵抗を試みたり、実験以前の僕ではやりそうのないことをしてきた。
極度に行動的になっていた一面があったということだ。
ところが、今は正反対に無気力になっている。
あれだけ、和沙のことを気にかけて、無謀な行動をしたのに、今は和沙を失ってしまうことに対して感じる悲しみや不安があまりないのだ。
時間が経てば、和沙のことなどどうでもいいと思うようになってしまいそうだ。
まだ、和沙に対しての思いがある間を大事にしなくちゃ……
「ねぇ、恭治……」
表に出てきた和沙の口調は、眠気が残っているような舌足らずなものだ。ここ数日はすでにこんな口調が続いている。
「和沙、どうしたの?」
僕は、そこには触れずいつものように尋ねた。
「もう記憶……わからないの……だから、私たちが出会った時のこと……教えて……」
もうそこまで、和沙という存在は薄らいでいる。
僕にできることは限られている。だから、昔話を語るんだ。