あくまでも冷静なガラムは右手を内ポケットに入れると、拳銃を手に取り、銃口をオクタヴィアンに向けて構えた。
今、自分が殺されそうとしているということを瞬時に理解したオクタヴィアン。
「ガラム、今になって裏切るのか?」
ガラムは鼻で笑うと、拳銃の安全装置を解除した。
「裏切る? 何を馬鹿なことを言っているの? これは私が元々描いていた計画の結末の一つよ。ガラムはよくやってくれたわ。私に対する忠誠心は部下の中で一番だった」
ガラムは、まるで自分のことを他者のように語っている。ますます、オクタヴィアンは理解できない。
「あなたが安心してあの世に行けるように、冥土の土産に教えてあげるわ。
私はガラム。でも、ヤン・ガラムじゃない。私はガラム・デュラスよ」
デュラスというファミリーネームを耳にした途端、オクタヴィアンも考えが追いついてきた。
「てめぇ、ルイーズのババアか」
ババアと呼ばれたガラムの姿をしたルイーズは口元に左手を乗せて苦笑いをした。
「嫌だわ。ババアとは失礼ね。こう見えても、二十七歳よ?」
「ルイーズ、くも膜下出血で死にかけていたから、ガラムの身体を奪ったのか?」
「奪う? これもまた、失礼な話ね。この子は、私に何かしらのアクシデントが発生した場合、自身の人格を消去しつつ、不完全でも人格転移を使って、私を受け入れてくれることになっていたのよ。つまり、彼女は私の永遠の命という夢を実現させてくれる私だけの器だったってことよ。そうすれば、和沙さんのように元の身体にまがいもののウェイクという人格が発生しても問題ない。脳病を発症した脳であれば、すぐに死亡し、転移との存在に関する矛盾が起こることもない。ガラムの脳には私一人しか存在しないから、転移した人格が統合されるリスクもないってわけ。でも、私も運が良かったわ。意識不明でも微弱な脳波を発していたおかげで転移が出来たんだから」
まさか、ルイーズがより確実に転移を行うために、オクタヴィアンが想定していた以上に下準備をすでに行っていたとは。
「だったら、何故、ガラムを俺の副官のままにさせていた? てめぇの傍に置いておけばいいだろ?」
そう尋ねるのはわかっていたと、声を押し殺すように笑うガラム。
「簡単なことよ。人格転移と並行して、あなたを処分してサンクシオン機関を改めて掌握するためよ。今のサンクシオン機関は、非合法研究員たちの抑止力となり得ていない。今はあなたの私兵部隊でしかない。だから、もっとも信頼のおける部下であるガラムをスパイとして潜り込ませたの。あなたはもう逃げられない。それ以前に、あなたには限界が訪れている」
「どういうことだ……!?」
ルイーズを問い詰めようとした瞬間、オクタヴィアンは全身に電撃が走るのを感じた。
身体中が痺れを訴えて、動くことを拒否する。足に力が入らず膝をつき、四つん這いになる。
オクタヴィアンの姿を見ながら、ルイーズが笑った。
「ほ~ら、限界が来たでしょ? 欠陥品のあなたの脳が死を迎えようとしているのよ。せめて、私がとどめを刺してあげる」
それでも、オクタヴィアンは必死に顔を上げてルイーズに叫ぶ。
「ふ、ふざけるな! やっと、ここまでたどり着いたんだ! 俺は、俺は……」
「オクタヴィアン、おやすみなさい。永遠の眠りにつくといいわ」
逃げることも叶わず、オクタヴィアンは頭に弾丸を受け、血の水たまりとなった床にひれ伏して二度と起き上がることはなかった。