「……それで、研究所の内定をもらって、大学の単位もすでに取得したから僕たちは、お互いの卒業論文のために一緒に図書館で資料を探してたよね。研究所での面接の時からちょうど半年後に、僕は意を決して君に告白したんだよ。そうしたら、君は僕の気持ちなんてわからずに、『もう付き合ってるものだと思ってた』ってきょとんとした顔で言った。僕だけが取り越し苦労をしてたってわけだ。でも、良かった。振られるかと思ってたからね」
僕が語る独り言は、自分の中にいる和沙のためだけに語る昔話。
「うん……そうだったね……恭治……女心……わかってないから……」
「酷いなぁ、君は覚えてないかもしれないけど、大学でも研究所でも道に迷ってた君を案内してたんだよ」
「うん……そうだったね……思い出したよ……私、方向音痴だから」
「和沙、眠たいのかい?」
「違う……恭治の喋り方が心地いいだけ……お話続けて……」
「本当は前から告白しようと思ってたんだよ。でも、君が同期の男と仲良く二人でキャンパスを歩いてたから、てっきり付き合ってるものだと思ってて、告白する勇気が出なかった」
「それは……相沢くんだね……付き合ってなかったよ……恭治のことで……相談……た」
だんだん、和沙の意識が薄れていく。どうにか、僕の言葉に耳を傾けようとしているけど、今の意識を保つのでやっとのようだ。
僕もそれがわかる。もう、昔話をする余裕などなくなった。
「和沙! ごめん、僕は君を助けることができなかった……」
泣きたくなる。でも、辛いのは僕ではなく、和沙だと心の中で言い聞かせる。
「いいのよ……泣きたい……時……泣けば……」
僕の思考が読めるのだろう、和沙は思いやりのある言葉を虚ろながらも僕に届けてくれる。
それでも、僕は泣くのをこらえた。泣いてはいけない、看取る側が泣いては……
「私は、泣きたいよ……でも、泣き方がわからない……」
ここまでくると、僕たちが表に出て裏にいるという境界線が曖昧になっていく。
僕が表に出ていても和沙が喋るし、僕が喋っていても和沙は表にいる。
もう時間がないということだろうか?
「ごめんね、恭治……」
「和沙! 僕は、君のことを……」
「最後まで言わないで……本当に最後が来てしまい……そう……だから……」
もう、もう、本当に和沙がいなくなってしまう。
「恭治……ありがとう……眠たいから……少し……寝るね……」
和沙がゆっくりとまぶたを閉じる。