その日の夜
僕は、何となく玉葱のかき揚げが食べたくなって自分で作ることにした。
少し底の浅い鍋に油を注ぐと、ガスレンジに火を点けた。
その時点で、切っておいた玉葱と小麦粉などを混ぜたタネが入っているボウルを傍に置いておく。
油がある程度温まると、おたまにタネを入れて器用に油の中に形を崩さないように入れていく。
我ながら手際よくかき揚げを作ることができるようになったものだ。
作り終えて皿に盛りつけてテーブルに置いたところで、あることに気が付いた。
「僕はいつから作れるようになったんだろう?」
確かに好物の一つであることは間違いない。でも、今まで自分で作ったことがあったか?
疑問に感じて、料理を凝視する。すると、誰かの会話が耳の奥に響いた。
「玉葱があるわね。恭治が好きな玉葱のかき揚げでも作ろうかしら?」和沙の声か?
「相変わらず、手際がいいね」僕の声だ。
「えへへ、一応女の子ですからねぇ。これくらいは出来ますよ」これも和沙の声?
そうだ、思い出したよ。これは、和沙がいつも作ってくれていた料理だ。
彼女が作ってくれる玉葱のかき揚げが僕は大好物だったんだ。
椅子に座って、かき揚げを箸でつかんで口に運ぶ。そして、ゆっくりと噛み締める。
間違いない。この食感、和沙が作ってくれていたものと全く一緒だ。
そっか、和沙との思い出は、こんなささやかなところにあったんだね。
口の中のかき揚げをゆっくりと味わう。僕は満足して何度もうなずく。
歯で何度も噛み締めれば噛み締めるほど、彼女のことを思い出していく。
肉料理が苦手で下戸なところ、少し幼く見える笑顔、僕をからかうことが好きな君。
これが僕の求めていた君の思い出だったんだ。
そして気づいたんだ。
そう、君は僕の心に残ってくれていたことに……
恭治の右目から一筋の涙が流れた。