しばらく泣き続けることで、転移和沙の心は少し軽くなったが、それでもウェイク和沙に投げつけられた言葉の一つ一つを思い出すと、その度に気持ちが重くなる。
やはり、自分はまがいものなのだということを証明されたようなものだ。少なくとも、ウェイク和沙は、転移和沙というもう一人の自分の存在を完全に否定している。
それは仕方がないことなのかもしれない。
ウェイク和沙が自身を「綾辻和沙」だと主張するには、転移和沙を認めるわけにはいかないのだろう。
「綾辻和沙」が二人いるということは、他者の視線からも困惑する要因でしかない。
だから、綾辻和沙の肉体にいる人格をウェイクと呼称し、恭治の脳に転移された人格を転移と呼ぶのだ。
それに、転移和沙とて、ウェイク和沙を全面的に肯定することは出来なかった。
彼女がいなければ、再転移の方法が確定した場合、転移和沙は何の問題もなく肉体に戻れる。
自分こそが「綾辻和沙」であると、堂々と名乗ることが出来たのだから。
ウェイク和沙という存在がなければ良かったのに……
それは、自分がどんなに浅ましい心を持ち合わせているのだろうと思い知らされることでもあった。
私は私、彼女も私、どうにか共存することが出来ないだろうか?
無理難題なのかもしれないが、そう思わずにはいられなかった。
転移和沙が泣きじゃくっていた間、ずっと裏にいた恭治は自分自身に苛立ちを覚えていた。
すぐそこに、愛している人が傷ついて泣いているというのに、自分はただ黙ってその気持ちと記憶を共有するだけで、何もしなかった。何も出来なかった。何の役にも立たなかった。
彼女は自分自身に自分の存在を否定されたという異常な状態だというのに……
泣いていた転移和沙に自分の腕が届かないということが悔しかった。
もし、届くなら何も言わなくても、そのまま抱き締めてあげて落ち着かせることが出来たかもしれない。
近すぎて見えないほど、こんなに傍にいるというのに恭治は転移和沙のために何も出来なかった。
せめて、言葉をかけるということくらいは出来たかもしれないのに。
では、どんな言葉をかければ転移和沙の気持ちが安らぐだろうかと考えたが、一言も見つからなかった。
また、あのように独りよがりな和沙を見たのは、恭治も初めてだった。
もしかしたら、恭治もまたウェイク和沙の酷い言動に傷ついていたのかもしれない。
だから、転移和沙にかける言葉を自然と思いついたかもしれない。
「和沙。大丈夫。僕は、今の君の味方だからね」
その言葉には、ウェイク和沙に対する怒りと酷い仕打ちを受けた転移和沙に対する深い同情の気持ちが込められており、形としてウェイク和沙を否定するものだった。