そんなことさせるか。させてたまるか。
「さぁ、烏丸恭治。同行を願おうか?」
オクタヴィアンの言葉が、任意を示すものではなく強制であることがわかった。
何せ、恭治の腹部に拳銃を直接押し付けてきたのだから。
「恭治。今は、オクタヴィアンに従って。そうしたら、すぐにあなたは邪魔者から解放されるんだから」
恭治が窮地に立っているというのに、相好を崩しているウェイク和沙。
その顔を見て、恭治の中で彼女に対して溜まりにたまっていた怒りが爆発した。
「ふざけるな! 何が邪魔者だ! 僕の脳にいる人格が綾辻和沙だ! お前の方が僕にとっては偽物だ!」
真山も、ウェイク和沙も、転移和沙も、初めて恭治が怒鳴るところを目の当りにした。
常に物腰が柔らかく、感情的にならない青年、それが「和沙」の抱いていた恭治の性格だった。
しかし、怒りを露わにしたところで、現状が変わるわけもなく、相変わらずオクタヴィアンは拳銃を突きつけたままだ。
「おいおい。『一つの器』、自分の身が置かれている状況を理解していないのか?」
「わかってないのって、そっちだと思いますよ? 安全装置を解除していない拳銃なんて、少しも怖くないね」
その言葉を聞いたオクタヴィアンは、恭治の言葉を信じずにそのまま拳銃の引き金を引こうとしたのだが、ロックがかかっていて発砲することが出来なかった。
オクタヴィアンはすぐに拳銃を確認しようと、恭治から離した。
それを恭治は見逃さなかった。自分より上背があるオクタヴィアンの顎に向かって、思いっきり頭突きをかました。
不意打ちに反応出来なかったオクタヴィアンに一瞬の隙が生まれると、恭治はガラムに体当たりをするように駆け寄って、部屋から逃げ出した。
部屋から逃げようとする恭治に向かって、オクタヴィアンは改めて拳銃を発砲したが、弾丸は恭治に命中することなく廊下の壁にめり込んだ。
「烏丸!」
真山の制止する声など聞こえていないほどの勢いで恭治はそのまま外へ逃げた。
オクタヴィアンは舌打ちすると、首元に着けているピンマイクを口元に近づけると、がなるように命令した。
「機関のメンバーに告ぐ。プロジェクト・メメントモリの実験体『一つの器』が逃走した。発見次第、ただちに拘束しろ。ただし、殺害は許可しない。いいな!」
ピンマイクを離すと、大きくため息を吐いてあごをさすった。
「俺が死角から攻められると反応出来ないことを読んで、身長が低いのをいいことに真下から頭突きしてきやがった。なかなか、判断力のある奴だな。ガラム、俺たちも行くぞ」
呼ばれたガラムは、腹部の辺りを手探りして何かを探している様子だった。
「どうした、ガラム?」
いぶかしがったオクタヴィアンが尋ねると、やや青ざめた顔色でガラムが言った。
「私の拳銃が見当たらない」
その言葉を聞いたオクタヴィアンは、恭治が部屋から逃げ出していった光景を思い返してみた。
オクタヴィアンからの拘束を逃れた恭治は、出口に向かって走っていった。その時に、傍にいたガラムに対してぶつかって、そのまま外へと出て行った。
「あの野郎! どさくさに紛れて、お前の拳銃を盗んで逃げやがったんだ」
恭治の抜け目ない行動に怒りを覚えながら、オクタヴィアンはガラムと共に個室を出て、廊下を走り去っていった。
オクタヴィアンとガラムが出て行ったあと、真山は安堵のため息をついた。
恭治がオクタヴィアンを手玉に取って逃走したことに対してだったが、それでもまだ安心してはいけない。むしろ、これからが恭治にとって危険な状態になってしまったのだから。
そして、諸悪の根源が真山の目の前にいる。