「ウェイク和沙。何故、烏丸たちをサンクシオン機関に売るような行動をした?」
真山は、批難する態度を隠さないまま、目つきを鋭くした。
その真山の言葉など聞こえていないようで、ウェイク和沙は両手を強く握り締めたまま、うつむいて一点を見つめながら震えていた。
「恭治! どうして、本物のワタシじゃなくて、まがいものを選んだのよ!」
ウェイク和沙の心は憤怒と嫉妬で埋め尽くされていた。
しかし、真山にはそのウェイク和沙の言動そのものが理解出来なかった。
そもそも、ウェイク和沙が取った行為が原因で恭治を追い詰めることになり、結果ウェイク和沙は自分の首を絞めて恭治に見限られてしまったのだから。
「綾辻! わからないのか? 烏丸がお前に怒りを露わにした理由が」
真山があえて苗字で呼ぶとウェイク和沙は、一瞬肩を強張らせると、黙って真山の方に振り向いた。
「烏丸恭治という人間は、どちらが本物でどちらが偽物だとかそんなことは考えていなかったはずだ。あいつにとってはウェイク和沙も転移和沙も、どちらも等しく綾辻和沙だったんだ。何故、それがわからないんだ」
真山の訴えを最後まで聞いたウェイク和沙は、真山に近づくとさりげなく腹部に右手を突きだした。
「黙れ。ワタシの名を呼んでいいのは、恭治だけよ」
そして、動作を済ますと後ろに振りかえり個室を出て行った。
何が起こったのかわからなかった真山は、突かれた腹部に手で触れた。何か、硬いものが突き刺さっている。
それは、ナイフだった。ウェイク和沙の右手にはこれが握られていたのだろう。
ゆっくりと、だが確実に血が身体の外へと流れていく。
なるほど、俺は刺されたのか……
不思議と真山は驚いた様子もなく、ただ淡々と自分が置かれている状況を分析していた。
もう、ウェイク和沙には誰の言葉も届かないんだろう。彼女の頭には恭治への執着心しか存在していないんだろう。
届くとすれば、恭治の言葉だけなのかもしれないが、恭治もまたウェイク和沙の言葉を聞かないだろう。
出血が激しくなってきた。危ないな、人を呼んで助けを求めたほうがいいかもしれない。
しかし、真山は携帯電話を取り出すことも個室にある固定電話を使おうともしなかった。ただ、ナイフで刺された自分を受け入れていた。
「これは罰なのかもしれないな……」
危険な実験を行い、綾辻和沙という人物の人生をことごとく狂わしてしまった自分の罪に対する罰。
そう思えたから、真山は何もせず、当事者から受けたものをただただ受け入れることにした。
そして、ゆっくりと膝をつき、そのまま床に倒れこんだ。