既視感の色 - 5/10

「え、なになに?!」
スムーズに進んでいた人の流れが、急に逆流するかのように、人が私たちの方へなだれ込んできた。
中心の広場から少しでも離れようとする人の流れだった。

人の波に押し倒されてないように端っこに避けたものの、それでも人の流れは激しくて、私は転がり込んだ。
やっとのことで起き上がった時には、人の流れはなくなっており、気づけば、私と義雪さんしか残されていなかった。
いや、広場に目をやれば、一人だけ残っていた人がいた。
はたから見れば、それは宙に浮いているように見えただろう。

しかし、私にはそうは見えなかった。
宙に浮かんでいるのではない。何かに頭を掴まれて、持ち上げられていたのだ。
未知を感じる私にはその何かがわかった。
それは義雪さんと同じ虚数領域の存在である精神体、幽霊だということを。

幽霊に持ち上げられている男性が悲痛な叫びをあげる。
「だれか……たすけてくれ……」
足をじたばたしながら、自分の頭を掴んでいる何かを払いのけようとしているが、虚数領域の存在は私たちには触れられない。
「何よ、あれ……」
私は義雪さんと同じ幽霊と言ったけど、それは違う。
それは人の形をしておらず、実数領域では見たこともない形状の化け物だった。
私は、今まで既知である全てに退屈や閉塞感を覚えていた。だから、未知に対して憧れていた。
でも、今私が見ている未知に対しては、義雪さんに感じたような感動や歓喜は一切。生まれない。
ただただ、恐怖しか感じなかった。
未知とは新しいことへの感動だと私は思っていた。でも、そうじゃなかった。
未知とは恐怖なんだ。

全身を震わせていると、義雪さんが私の一歩前に出て指をさして言った。
「葵、逃げた方がいい。あれは俺と別行動した幽霊の末路だ。あいつの足元を見ろ」
指が示す先を見るとショッピングモールには不釣り合いな灰のような塊が化け物の足元にはあった。
「俺もよくわからないが、人があいつに襲われるとあんな風になるのかもしれない」
実際、そうなのだろう。
襲われている人の形が足先から次第に崩れていき、灰となって床に落ちていっている。

「とにかく、逃げよう。少しでもあいつから離れるんだ」
義雪さんのいうとおり、私は化け物に気づかれないようにその場を離れようとした。