もう逃げ場がない。どうすればいい……
「葵、このドアから逃げるんだ」
唐突な義雪さんの言葉に私の頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。
「逃げろって、ドアは開かないのよ?!」
化け物から目を逸らし、ドアを振り返ると、義雪さんが動きの鈍いドアをゆっくり開いていた。
「え? なんで義雪さんが触れられるの?」
幽霊である義雪さんは、虚数領域の存在。実数領域に触れらないって言っていた。
でも、今、ドアに触れている。
「なんとなくだけど、葵が触れられないということは、俺が触れられるかもしれないって思ったんだ」
でも、ドアを開けようとする義雪さんはどこか苦しそうだ。
私が戸惑っていると、義雪さんは初めて大きな声をあげた。
「長くは保たない! 速く!!」
人が通れるわずかな隙間に私は飛び込む。
外に飛び込んだはずみで、肩を擦りむいたけど、構わず振り向く。
「義雪さん!?」
私は外に出られた。周りはいつもどおり、既知の感覚があった。
でも、近くに未知の存在がいない。
義雪さんはドアを閉めようとしていたのだ。建物の内側から。
「こいつも、俺も、ここから出すわけにはいかない」
「でも、虚数領域に行かないといけないんでしょ?」
「いや、ここが虚数領域だったんだよ」
「え?」
今思えば、あれだけ、ショッピングモールに人がいたのに、私が化け物に追われたとき誰もいなかった。
言われてみれば不自然なことだった。
「迷い込んだのは、俺じゃなかったんだ。葵の方だったんだよ」