ところが、このままドッペルさんを追っていこうと思っていたのに、何人から商店街で声をかけられることになった。
「おう、雅美。さっき立ち読みしてただろ? 古書に興味があるなら、特別に安く売ってやるぞ」
朝倉古書店のおじさんが嬉しそうに話しかけてきた。
やはり、取り繕うように話を合わせる。
「ありがとう。また来るから、その時交渉させてください。それで、変なこと訊ねるけど、その私ってどっちに行きました?」
「ああ、南側に向かって走っていった。確かに、変なことを聞くなぁ。どうした?」
「な、何でもありません。また寄らせてもらいますね」
必死にその場しのぎの言葉を返す。
ドッペルさんも、古書に興味があるのか。私も引きこもってなければ、古書店に行きたかったんだけどね。
古書店に行くなら母さんに頼んで車で南北通りまで送ってもらうって手段もあるんだろうけど、人と通り過ぎるのは、恐いから立ち寄れなかったんだ。立ち寄れていたら、引きこもりしてないし。
今も、平気なわけではない。
まだ顔なじみのお店の人に話しかけられるのなら、ちょっと気分が楽だからいいけど。
通行人とすれ違うのは、私を笑っている人たちじゃないのかと勘ぐってしまう気持ちにさせるから、正直恐い。
ドッペルさんを追うといいながら、南北通りから逃げ出そうとしているのかもしれない。
さっさと走って通りから出て行ってしまおう。そうすれば、人に会わないで済む。
でも、普段から運動なんてほとんどしていない私にはスタミナが少なくてすぐに息が切れる。
スタミナだけじゃない、心が拒否反応を起こしている。身も心も酸素を欲するように大きく呼吸する。冷や汗もたくさん出てくる。
さっき、私が家から出ることが出来ないでいた時と同じような状態だ。
私が呼吸を乱していることに気が付いた美里が話しかけてきたので、足を止めた。
「雅美、走るのしんどいでしょう?」
美里が心配そうな顔をする。しんどいというのは、おそらく走り続けるのが私にとって辛いということを示しているのだろう。
私は後ろを振り向いて、「大丈夫だよ」と答えようとした。
でも、それを遮るように春香が「美里ちゃん、それは違うと思うよ」と口にした。
「雅美ちゃんは、外に出るだけでもかなりの負担がかかってるんだよ。家から出るだけでも苦痛なんだから」
本当に的を射たことをはっきりと当てちゃう鋭さが春香にはあるよね。心配してくれるのは、よくわかるけど……
「春香、大丈夫よ。ここまで来たんだから、引き返せないし」
そう言って強がってみた。
「でも、ちょっと休憩しようよ。雅美ちゃん」
春香の提案ももっともだと思ったけど、それでも私は首を縦に振ることはしなかった。
たたでさえ、ドッペルさんはかなり足が速いのだ。ここで休憩していたら、彼女を取り逃がすことになるかもしれない。
このまま野放しにして、無銭飲食のような私にとって迷惑なことをされては困る。
一刻でも早く捕獲しないと私は安心出来ない。
「本当に大丈夫だから、ドッペルさんを追うわよ」
強い口調で言い切ったので、春香もそれ以上は言わなくなった。