私たちは南北通りを南側から出た。
途端に、五歳くらいの女の子を連れ添った女性に声をかけられた。
「先ほどは、娘のために風船を取って頂いてありがとうございました。ほら、ちゃんとおねえちゃんにお礼をしなさい」
確かに、お母さんと手をつないでいる女の子の反対の手には、赤い風船の糸が握られていた。
女の子はとても嬉しそうな笑顔を輝かせていて、私に向かってぺこりと頭を下げた。
「おねえちゃん、さっきはありがとう」
話によると、女の子が風船の糸を手放してしまい、風船が道路の並木の枝にひっかかってしまったそうだ。
女の子のお母さんでも手が届かないような高いところにある枝にひっかかったようで、お母さんが諦めるように諭した。
でも、女の子はその赤い風船をとても気に入っていて、どうしても欲しいとその場でわんわんと泣き始めたそうだ。
そうは言っても、お母さんも困るわけで、どうしようかと悩んでいたところに、私らしき人物が現れた。
彼女は、まるでスタントマンのようなアクロバティックな動きで木を容易く登っていき、赤い風船を取って舞い降りた。
女の子は、とても大喜びしてすぐに泣き止んだ。
お母さんはお礼を言おうと思ったけど、私らしき人物は何も告げることなく猛ダッシュで西に向かって走って行った。という、いきさつをお母さんが教えてくれた。
もちろん、私にそんなことをした覚えは全くない。おそらく、というか確実にドッペルさんがしたことだろう。
お母さんが何かお礼をしたいと言ってくれたのだけど、私がしたことじゃないし、仮にしたとしても受け取るほど大したことではない。
どうしてもお返ししたいと言われたけど、私は固辞する言葉を繰り返した。
ようやく了承してくれたところで、私たちはその場を立ち去る。
お母さんが言っていたドッペルさんが走り去ったという西側に向かうことにした。