ドッペルさん - 14/23

立ち止まって少し話をした分、多少は身体を落ち着かせることが出来て、息切れも心臓の鼓動も鎮まってきた。

結果的に一休みしたことになり、私たちはもう一度スタートダッシュをした。

走りながら美里が私に声をかけてきた。

「まさか、こんなことで雅美が外に出る羽目になるなんて思いもしなかったね」

春香も同じことを考えていて、同意するように相槌を打った。

「そうだよね。あれだけ出るのがつらかったのに、雅美ちゃんすごいよ」

とはいえ、すごいと言われても困ったものだと苦笑いする私。

私は出ようとしたけど、玄関で立ち止まって外に出ることが出来なかった。

引きこもりがそんなあっさりと外に出ようと思わないし、出ることが出来ない。苦痛に続く苦痛を乗り越えないとその小さな一歩する達成することは難しい。

だから出られたのは、激怒した母さんが無理矢理私を連れ出したからだ。

「それまた、とんだ荒療治を受けたものね。ドッペルさんが無銭飲食したら、おばさんも勘違いして、激怒するわよね」

そういう美里は面白そうに言っているけど、美里と春香にわからないだろう。私にとってはとても笑い話では片づけられない切実な問題だ。

今後、ますます外に出るのが嫌になってきた。

さっさと、ドッペルさんを捕まえないとまた濡れ衣を着せられて、外に連れ出される可能性が出てくる。

彼女を捕まえたら、言いたいことが山ほどある。絶対に捕まえてやる。

「それにしても、ドッペルさんって何をしたいんだろうね。雅美ちゃんに迷惑をかけたのは橋本さんの定食屋さんで無銭飲食して逃げたことだけでしょ? でも、商店街にある他のお店ではそういった悪さはしていないよね。さっきの女の子に風船を取ってあげたりしてるし」

春香が腑に落ちないといった様子で不思議そうに言葉を口にした。

言われてみれば、私が直接とばっちりを受けたのは、橋本のおじさんの定食屋で無銭飲食したことだけだ。

他の行動については、私はただ声をかけられたり、感謝されるだけで、損な役回りをさせられることはない。

ただ、彼女が何をしたいのだろうか? そんな疑問がよぎってしまう。

私の胸に小さなトゲがちくちくと刺さる。何か、心の中でひっかかる。

私が違和感を覚えつつあった時、並木通りの途中にある橋に差し掛かった。

そこで美里が私と春香を呼び止めた。

「三人で一緒に行動してても非効率じゃない? ここは、手分けして探さない?」

美里の言うことももっともだ。ドッペルさんは一人に対して、私たちは三人いる。それならば、三ヶ所を同時に探せる。

ドッペルさんを見かけたらケータイで連絡を取り合って、目撃場所周辺に向かって彼女の行動範囲を狭めていく。

そうすれば、上手くいけばドッペルさんを捕まえることも不可能じゃないかもしれない。

「そうね、美里の言うとおりだと思う。どう手分けしようか」

さっきの風船の親子から聞いた情報だと西側にドッペルさんは走っていったらしいので、西側を攻略するのがいいだろう。

活気良く春香が挙手する。普段は大人しいのに、私や美里が困ってたりすると、太陽のように明るくなってくれる春香。少し頼もしいと思うけど、恥ずかしいので本人には言えない。

「はい、私、川沿いの公園に行ってみる」

川沿いの公園は、南北通りから見ると、西にある川を跨いだところにある。そんなに広くはないけれど、ドッグランがあって犬を連れ添っている人が多い。そんな中に、犬を連れていない人がいたら目立つから見つけやすいかもしれない。

続けて美里もすぐに手を挙げた。

「西側だと雅美の家が近くにあるけど、おそらく家には帰ってないと思うわ。ドッペルさん、お金を持ってないくらいだもの、家の鍵も持ってないでしょ。だから、私は南北通りとは垂直になってる並木通りを探してみる。じゃあ、善は急げ」

美里はそれだけ言うと即座に移動を開始した。行動的だな。

それに、相変わらず頭が回るのが早いというか、何というか。勉強が出来るという意味合いじゃなくて、判断力で言えば、美里はとても頭のいい女の子だ。

ただ、困ったところがないわけじゃない。

「おーい。メガネをかけてないほうの雅美ぃ! 逃げてないで出てきなさいよぉ!」

人目をはばからず、大きな声で叫ぶ癖だけはどうにかならないかな。そういった空気の読めないところが多少痛い。

私ががっくり来ていると、となりにいる春香も苦笑いしていた。

「雅美ちゃん、美里ちゃんも悪気があるわけじゃないから、許してあげて」

「わかってる。じゃあ、春香が川を跨いだ公園に行くなら、私は手前の道路を探しているわ」

「うん、何かドッペルさんの手がかりがあったら連絡するね」

手を振りながら、春香は公園に向かうべく橋を通って、私の家とは反対方向である右手側に曲がって行った。

私は二人の姿が見えなくなっても行動に移らなかった。橋の欄干で肘杖をしながら、川を眺めていた。正直、疲れていた。

体力的には、落ち着いているけど、心は大きな鎖に繋がれていて身体を動かすのが辛い。

ストレスにならないわけがない。