二人の手前、強がってみたけど、やっぱり辛いものは辛い。このまま投げ出すことも考えた。でも、春香や美里があんなに一生懸命協力してくれているんだ。
ドッペルさんを捕まえて、文句の一つや二つ言わないと割が合わない。
どんな言葉をぶつけてやろうかなどと、考えていると頭の中でシチュエーションを予測変換していく。
ドッペルさんへの苛立ちがだんだんと膨らんでいく。ああ、やっぱりクレームしてやる!
ふと、背後に人気がしたので振り向いた。
そこには、柄の悪い服を着て両方のレンズがひび割れて欠けているサングラスをかけたやはり柄の悪いおっさんが突っ立っていた。どうみても、チンピラだ。
しゃくりあげるような動きをして、乱暴な口調で言い放った。
「おう、ねえちゃん。さっきは世話になったなぁ」
はぁ? そんな素っ頓狂な声を私が発したので、チンピラは機嫌を悪くして、私に怒鳴った。
「はぁ、じゃないだろうが! さっきはそっちからぶつかっておいて、詫びを入れるどころか、俺の顔面に見事な回し蹴りをかましてくれよっただろうが!」
まったく身に覚えがない。これもドッペルさんが起こした状況だろうか?
無銭飲食のときのようにとばっちりじゃないのよ! と、思ったけど、ドッペルさんも因縁つけられて今の私のように絡まれてしまったのかもしれない。
その末で、このチンピラに回し蹴りをしたと。それを思うと、すごい。
無謀すぎるところが!
ともかく、危険な状況であることに変わりはないので、どう切り返したらいいやら……
唸るような威嚇をするチンピラに圧され気味になって、後ずさりするが背中に硬いものがどんと当たった。橋の欄干だった。
逃げ場がないってことを意味している。
「あのですね。私は引きこもりで普段は家を出ないんですよ。だから、そんな見事な回し蹴りなんて出来るわけがないんですよ」
引きこもりだから回し蹴りが出来ないだなんて、言葉の繋がりがないおかしな言い回しになった。
このままではまずいと感じる度に、冷や汗が背中をゆっくりと流れるのがわかる。
「何を言ってやがる。現に、ねえちゃんは外にいるし、回し蹴りしたじゃねぇか。俺はねえちゃんのツラをしっかりこの目で見てんだからな!」
こ、恐いよ。やっぱり、外なんて出るものじゃないんだ。普通に歩く人でさえ恐いって思うのに、こんな人までうろついていると恐い。
チンピラが一歩一歩と歩み寄ってくる。
逃げようと思うけど、足がすくんじゃって思うように動いてくれない。
近づいてくるこの人が、まるで悪魔か鬼のように見えてきた。私は、頭からかじられて食べられてしまうのだろうか?
もう、ダメだ。と、祈るように胸で両手を組んで目を閉じた。
すると、南北通り方面とは反対方向から「何しとんじゃ、ボケェ!」という叫び声が聞こえた。段々と、声が大きくなるのでこちらに向かっていることがわかった。
目を開けると、チンピラは声が聞こえる方に顔を向けていた。私も声が聞こえる右手側に目線を移動させようとした瞬間。
私の正面にいたはずのチンピラが左手側に派手に吹っ飛んでいた。
え? 何が起こったの? 状況が把握出来ない私だったけど、吹っ飛んだチンピラと変わって私の正面にいる人物が起き上がろうとしたところで、ようやく気が付いた。
この人、チンピラにドロップキックをかましたんだ。
相当な猛ダッシュの末のドロップキックだったらしく、被害者であるチンピラは完全に再起不能になっているご様子。
私は、今更になって助けてもらったことに気が付く。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「ううん、気にしないで。私もあいつをもう一回ぶちのめしたかったから」
声を聞く限りでは、私の救世主は女性のようだ。
それにしても、若干声色が違うけど、どこかで聞いたことのあるような口調な気がする。
豪快な言い回しと行動にごまかされそうになっても、デジャヴのような感覚に襲われる。
絶対、誰だか知ってる人だ。
救世主が立ち上がるので私はまず誰かを確かめるために顔を窺って、絶句した。相手も、「まずった」と焦りに満ちた顔色を浮かばせていた。
私を助けてくれた救世主は、メガネをかけていない私自身だった。つまり、ドッペルさんだった。