人目が気になるので、私たちは三階にあるフードコートの席に着いて話をすることにした。
「まず、最初からなんだけど、何で無銭飲食したわけ?」
捕まったことで大人しくなったドッペルさんに、美里が顔を近づけて問い詰める。
ドッペルさんは頬を膨らませて、目を逸らしながらぶつぶつと答えた。
「だって、しばらく橋本さんの食堂でご飯食べてなかったから、食べたかったんだもん」
ところが、財布を持っていないことをすっかり忘れていて、気付いた時には逃走をはかっていたらしい。
そもそも、彼女が何者かを聞かなくてはいけない。私と瓜二つ、だけど、かなりの行動派で運動神経もよさそうなイメージが強く定着している。
見た目こそ似ていても、中身は私の生き写しではないってことだ。
考えていてもわからないから、直接問いただした方がいいだろう。
美里が不機嫌そうに口を閉ざしたので、そのタイミングで私が声をかけた。
「ドッペルさんなんて勝手に名前付けたけど、あなたは何者なの?」
彼女は呆気に取られたような顔した。まるで、そんなことにも気付かないのかと、呆れ返った様子だった。
「見てくれでわかると思うけど、私は雅美、あなたの分身よ。ドッペルさんっていうのもあながち間違いじゃない。だって、ドッペルゲンガーだもの」
図らずとも美里の予想が当たってしまった。そんなわけあるかとタカをくくっていた分、驚きも増すばかりだ。
「あのぉ、どうしてドッペルさんは現れたんですか?」
春香が細々とした遠慮気味な口調で訊ねた。
それは、私も気になることではあった。あれだけ追いかけることになったんだから、その動機とやらを教えて欲しいものだ。
捕まえるまでは、必死だったから意識することも少なかったけど、こうやって人がいっぱいいるフードコートの席で座っているのは、私にとっては苦痛なのだ。
周囲の笑い声が耳障りでしょうがない。私を嘲笑っているようにしか思えない。だから、早く要件を済ませて家に帰りたい。
ところが、私が望んでいることとは正反対なことをドッペルさんは望んでいた。
「だって、やりたいことがあったんだもん。橋本さんの食堂もそうだったけど、公園のドッグランで犬とも遊びたかったし、CDショップで新曲買いたかったの!」
「じゃあ、やりたいことは全部やったでしょ! 分身だっていうのなら、今すぐに雅美の下に帰りなさいよ!」
美里が声を張り上げてドッペルさんを叱り飛ばす。どれだけ雅美の負担になったと思ってんよ、そう言ってくれる美里の気持ちは嬉しい。
だけど、ドッペルさんのことで引っかかることが今でも胸に残っている。
「いやよ、まだやりたいことがあるんだもん」
ますますふて腐れるドッペルさんに、どうしたらいいのかわからない春香がおろおろし始めた。どうしたら、納得してくれるのかな、とやはり控えめに言葉を投げかける。
「だって、パフェを食べたいし、安いお店でもいいから服を見て回ったりしたいもの。それにそれに……」
次々と出てくるドッペルさんのやりたい内容を聞いて行くうちに美里は腹を立て、春香はそれはちょっと多いのでは、と困った顔していた。
だけど、私は二人がドッペルさんと言い合いになってることなど耳に入らない状態になっていた。
今日、ドッペルさんが現れて彼女がいろいろしてきたこと。全てがそうではないけど、橋本さんの食堂でご飯を食べること、公園で犬と遊ぶこと、新曲を買うこと、パフェを食べたい、服を見て回りたい。
本当は私がやりたかったことばかりだった。