通話が切れて、ケータイを畳んだ途端、今度は母さんから電話がかかってきた。
「もしもし? 珍しいね、休憩中に電話かけてくるなんて」
私は意外そうな口調で話しかけた。
そう、母さんはこちらから昼休憩中に電話をかけてもなかなか出てくれないような人なので、向こうから電話がかかってくることなんて、本当に稀なことなのだ。
そんなことをのんびり考えながら私は言ったのだが、返ってきた口調はかなり険のある言葉だったし、言葉自体にも耳を疑った。
「雅美! あんた、橋本さんのお店で無銭飲食したでしょ!」
私はメガネがずれ落ちるのがわかるぐらい身体を傾けた。ちなみに、橋本さんのお店というのは、定食屋さんで私が引きこもる前はよく食べに行っていたお店だ。場所を説明すると私の家から少し歩いたところにある商店街『南北通り』にある。
春香たちに続いて、母さんまでわけのわからないことを言い始めた。
さっきからどういうこと? 春香たちといい、母さんといい。
「冗談きついね。もしかして、私の双子の姉妹とかだったりしないの?」
私がからかうように言うと、母さんはさらに追撃するかのように、とんでもないことを言いだした。
「くだらない冗談を言うんじゃないの! 今は家に戻ってるんでしょ? すぐ迎えに行くから、ちゃんとお店に行って直接お詫びするのよ!」
はぁ? 何でいきなりそうなる? 私は、家から一歩も出てないのに。
「ちょっと、私の言い分ぐらい聞いてよね。もしもし? って、もう切ってるし」
おそらく、車で迎えに来るだろうから、もう電話には出ないでしょうね。っていうか、何で私の主張はいつも母さんに無視されるのか……
外出しろって言うけど、いきなり引きこもりを引っ張り出すような真似をしないでほしい。
出たくないのにな。
にしても、一体どういうことだろう? 私は一歩も外に出てない。なのに、私を外で見たという証言が少なくとも二件あるなんておかしい。
早くしないと、母さんが家の前に到着する時間がすぐやってきそうだ。
でもさぁ、私、外に出るの恐いんだけど……そういう私の思いは考えてもらえないのかな?
家族以外だったら、美里と春香だけだよ、会っても不安じゃない人って。会うのが苦痛じゃない人って。
そういったところを、母さんはあまり理解してくれてなかった。ただ、今までは無理矢理外に連れ出そうというところまで強引なことはしなかったけれど、今回ばかりはさすがに軽犯罪並みのことをやった―私がやったわけじゃないのにそうなってる―ので、堪忍袋の緒が切れたようだった。
母さんは頭に血が上ると、直線上でしか物事が見えなくなるから、やっぱり私が橋本さんのところに行かないといけないかなぁ。
大きなため息をついた直後に、家の前で車のクラクションが短く三回鳴った。
母さんが到着したようだ。