ドッペルさん - 8/23

クラクションを聴いて仕方なしに私は戸締りを終えると、玄関に向かった。でも、玄関を出るどころか、靴を履くことすら私は出来ないままでいた。

出ないといけないということは理屈ではわかってる。だけど、出たくないという気持ちが私の身体を動かすのを拒否している。

恐いというか、抵抗があるというか、私は玄関の前で立ちっぱなしのままで動けない。

またクラクションが三回鳴る。さっきより一回の音が少し長くなった。

それでも、私は動けない。

「でも、いい機会だ。私自身に勝負してみようじゃないの」

生唾を飲み込むと意を決して下駄箱から自分の靴を取り出した。

しばらく使っていなかったので、少し珍しいもののように感じたけれど、どこにでもある市販のスニーカーだ。ジャージ姿の今の私にはちょうどいいと思うけど。

玄関の床に置くと、ゆっくりとしゃがんで左足から靴を履く。続けて右足の靴も履く。

こんなみんながいつも当たり前にする行為でも、私にとっては重労働のように感じられて、嫌がらせのように心臓の鼓動が速くなる。

靴を履いたまではいいけれど、今度は玄関の戸を開ける勇気が出ない。戸にかかっている施錠を解くことが出来ない。

手を伸ばすことすら出来ない。

やっぱり、無理よ。部屋に戻ってしまおう。

私が靴を脱いで玄関に背を向けて部屋に戻ろうとしたところ、勢いよく玄関の戸の施錠が外された。

「雅美! 何してんのよ! 早く来なさい!」

「いやぁぁぁぁ」

もはや回避不可。無理矢理助手席に連行された私の悲鳴は虚しく空に響いて消えるだけだった。