ドッペルさん - 9/23

私にとって家の外に出るという行為は久しぶりなことだし、かなりの勇気が必要だった。

ドギマギしながら、助手席で車の周囲を歩いている通行人のことを気にしてしまう。私のことを笑っている人がいるんじゃないかって、身体を固まらせて俯きながら目だけ動かす。

今のところ、私を見ている人はない。と、思う。ちょっとほっとする。

そんな私の気持ちなんて余所に、母さんは運転席に乗り込むと、車を出した。

車を運転しながら、母さんは嬉しそうな顔をしながら、私に話しかけた。

「何、あんた出ようと思ったら出れるじゃない」

「違う……今だって、気分はいっぱいいっぱいよ」

そう震えた声で小さく反論する。そうしたところで、母さんには私の気持ちなんてわからないだろう。ああ、今すぐにでも帰りたい。

 

「うちの娘が粗相をしたようで、本当に申し訳ございません」

そのまま南北通りの橋本さんのお店に直行した。途端に、お店の端で母さんは自分で頭を下げながら私の頭を右手で強引に下げさせていた。

私が頭を下げた正面に立っている橋本のおじさんは、思っていたより怒っていなかった。それどころか、笑顔を浮かばせていたので、拍子抜けした。

「まぁ、そこまで謝ることはないって。むしろ、雅美ちゃんが元気になったってわかってほっとしたくらいですから。だけど……」

頭を上げた私の顔をまじまじと見て、橋本のおじさんは訝しそうな表情を見せた。

「店に来た時の雅美ちゃんは、メガネをかけてなかったんだ。コンタクトでもつけていたのかい?」

「いえ、そんなオシャレなものは私は」

「ええ、そうなんです。たまにこの子もつけるんですよ」

強引に私が喋るところに割って入った母さんは、橋本のおじさんが話した内容に都合よく合わせてきた。

「とにかく、この度はご迷惑をおかけしました。今後、こういうことをしないように言い聞かせますので」

と、もう一度私の頭を無理矢理下げさせた。

「気にしなくていいですよ」

そう言ってくれる橋本のおじさんには感謝だけど、私がしでかしたことじゃないのにな。

ふと、後ろに気配を感じた私は、母さんと橋本のおじさんが話しているのを余所に振り向いた。

振り向いた先には、息を切らして立ち止まっていた美里と春香の姿があった。

「美里と春香じゃん。どうしたの?」

「あ、雅美! 今、雅美を追いかけて……あれ? メガネかけてる」

橋本のおじさんも同じことを言っていたし、電話をかけてきた時も美里たちは言っていた。