和沙には天然なところがあり、今自分が恭治の身体であることを忘れることがあるようだ。だから、今もいつものように自分の家に帰るものだと思い込んでいたらしい。
もっとも、恭治は和沙の家の鍵を持っているからあながち帰れないわけではないのだが……
とはいえ、男のなりで独身女性の部屋に入るというのは、近所の目もあるし恭治にとっては少々勇気を必要とするものだった。
また、和沙は方向音痴で未だに正確な恭治の自宅をよく理解していない。大まかにはわかっているが、一人ではたどり着けないので、恭治が迎えに行くことがよくあった。
何度目か和沙が恭治の自宅に遊びに来た時、いい加減場所は覚えたと言う和沙の言葉を信じて恭治は自宅で待っていたのだが、時間になっても和沙はこなかった。
確かに、恭治の家は入り組んだ区画の中にあるアパートなのでわかりにくいのかもしれないが、それでも予定より一時間以上遅刻していた。
さすがに心配になった恭治は、和沙のケータイに電話した。すると……
「きょ~じ~、道に迷ったぁぁ」
っと、半泣きになっている和沙の声が返ってきた。
その時、恭治は和沙を家に招く際は、迎えに行ってあげないとダメだと悟った。
そんな天然なところが可愛いと思っていることは和沙本人には口が裂けても言えない。
幸いなことに多重状態でも心が読まれることがないので、安心して考えられる。
和沙のことは好きだが、安売りのように好き好き言うつもりはない。
とはいうものの、以前友人である伸哉と正隆に和沙とのやり取りを話すと、「十分、バカップルじゃないか」とバッサリ切られてしまったのだが……
なんて考えながら表に出て、改めて自宅に帰るために歩み始めたのだが、裏に引っこんだ和沙がしょげていることに気付いた。
「どうしたの? 何、落ち込んでるんだい?」
すると、やはりしょげた様子で和沙が表に出てトーンを下げて愚痴った。
「だって、私ってさ、色々残念じゃない?」
「確かに残念なところはあるけど、それが和沙の全てじゃないでしょ? 研究者としては僕だって及ばないところはあるし、私生活ではしっかりしてる。料理だって上手だし、家事は立派じゃないか」
すぐに、表に出てきて、照れ隠しをするものだと思っていた恭治だったが、裏にいる和沙は思った以上に照れているのかもしれない。