しかし、その時の場の空気では、恭治に主義主張を述べる権限がなかった。確かに、和沙にとっては楽しい行為かもしれないが、女装したままで街中を徘徊して知り合いにでも鉢合わせになったとしたら、自分はどう弁明すればいい。いや、弁明したところで、「恭治には女装癖がある」というレッテルを貼られることは火を見るよりは明らかだ。
とはいえ、街中で知り合いに鉢合わせたことなど、一度もない。もしかしたら、気づいていないだけで擦れ違っているのかもしれないが、呼び止められたことはないから大丈夫かもしれない。
だから自分が害を被ることはないだろうと暗示をかけるように自分自身に言い聞かせた。
ただ二つ、これだけは譲れないというボーダーラインがあると妥協案を和沙とマリーに懇願した。
「お願い。それは一日限定ってことと、下着だけは男物から変更しないでください」
恭治にはそれを主張するだけで精一杯だった。
そしてマリーは年端もいかないが、性格はサディストだと恭治は勝手に評価をしておいた。
五月十日(実験二十一日目)
和沙は、ほぼ一か月ぶりに女性としての行動が出来たことが楽しくて、買い物を満喫していた。
恭治は顔が整っているので、女装させると本当の女の子のように可愛かったので、逆に男なのにこんなにかわいい恭治に対してヤキモチを妬きそうになってしまった。時々女装させて歩こうかしら。
ヤキモチを妬かせるトドメとなったのは、「マドモアゼル和沙、予想以上にべっぴんじゃぞ」というマリーの一言だった。
恭治は男性として背は低いが、足が長い上にすらっと細くて、男性としては華奢な体格をしているので、女装が不自然ではないのだ。
恭治には悪いが、マリーが提案してくれた恭治の女装作戦はかなり有り難かった。
しかし、その先に恭治にとって悪夢となる出来事が待ち構えていた。
「見よ、マドモアゼル和沙! なんとうるわしいブラジャーじゃ!」
「ホント! かわいー! スワロフスキーがついててきれいー。あ、これなんかマリーさん似合うんじゃないですか? 青が使われてて似合いそうー」
「ふむ。花のレースのあしらいも気に入った。しかし……サイズの表示がフランスとはちと違うのでどれが拙者にあうサイズかわからぬのじゃ」
「あっ、じゃあ、私がフィッティングルームに一緒に入ってマリーさんのサイズ、計りますよー」
瞬間、恭治が強引に表に出てきて赤い顔をしてうめいた。もちろん小さな声で。
「……サイズって……計るって……まさか……僕も……」
フィッティングルームに向かってずんずんと和沙とマリーが移動しようとするので、恭治は裏で羞恥心と恐怖心に襲われていた。
いくら、マリーが子供だからといって、もう十五歳だ。女性の身体つきになっているに決まっている。
ただでさえ、女性ものの下着を物色していく状況すら辛いものなのに。
もう一度、小声で半泣き状態のまま、つぶやいた。
「勘弁してよ……」
途端にコロコロとマリーは笑い、和沙も表に出た途端、大笑いをしていた。
「恭治をからかうのはこのくらいにして、これとこれを持ってフィッティングしてみてくださいな、マリーさん」
「そうじゃの。マドモアゼル和沙もお人が悪い」
「いえいえ、マリーさんほどでは……」
どこかで聞いたような会話を聞きつつ、うぶな恭治は裏でしくしくとべそをかいていた。
男だって、恥ずかしいと思うことがあるってことを、わかって欲しいと真剣に願った恭治だった。