五日前
四月二十日(実験初日)
「よし、烏丸、綾辻、準備はいいか?」
プロジェクトの提唱者であり責任者の真山が、ベッドに横たわる烏丸と呼ばれた青年と綾辻と呼ばれた女性に呼びかける。二人には、頭部に電極パッドがいくつも取り付けられたネットを被り、腕や胸などにもさまざまな器具を取り付けられている。また、激しい動きを抑制するためか、腰の辺りに拘束具のようなベルトが二人を締め付けている。
二人の頭部に被せているネットの電極パッドは、精密な電子機器に接続されており、その電子機器を通してつながっている。
これから行おうとすることは、初めての取り組みで予想もつかないイレギュラーが発生するかもしれない。それでも出来る限り、万全の態勢で挑まなければならない。
真山以外にも、周囲にいる同僚たちも緊張した様子で、烏丸と綾辻を窺う。
ここは、フランスに本部があるアンジェリーク医療研究所日本支部の研究室の一室。
実験体となっているのは、実験を行っている特殊研究第六班の中でも新人に該当する男女、烏丸恭治(からすま きょうじ)と綾辻和沙(あやつじ かずさ)の二人。
彼らは同僚であり、恋人でもある。
元々、恭治は乗り気ではなかったが、和沙が実験体に志願したことで心配になり、追う様に恭治も実験体に志願したのだった。
「よし、一時的に脳波を弱めるための抑制剤を投与するぞ」
真山はその言葉に、恭治と和沙が身構える様子を見て、落ち着かせるように説明した。
「心配するな。ノンレム睡眠に近い脳の休息状態にする薬剤だ」
緊張を解くために言ってくれたようだが二人とも、特に和沙は今から行われる実験の緊張から解放されることはないと思った。
いくら自分から志願したとはいえ、未知の領域に挑むのだから。
すると、和沙の右側のベッドに横たわっている恭治が左手で和沙の右手を握ってきた。
握られたことに驚いて恭治の顔を見る。恭治は労わるように優しい表情をしている。
「怖いのかな?」
声色も穏やかで、とても今から実験を受ける心理状態のようには思えない。でもそれは、和沙を心配しているからこそ、そんな穏やかな口調で語りかけることが出来ているだけだ。
恭治だって緊張していないわけじゃない。ただ、和沙の前では動じる姿を見せたくないというだけだ。それは、和沙もよくわかっている。
それに眼鏡を外している恭治には和沙がはっきりと視界に映っていないはずなのに、気遣ってくれていることもわかった。
そんな恭治を和沙は大好きだった。だから、ゆっくりと首を横に振る。
「ううん、これから恭治と一緒にいられるんだから怖くないよ」
「そっか……」
真っ白な歯を見せて微笑む恭治を見ると、和沙は落ち着いた。
「ありがとう、恭治」
和沙も笑顔で返す。
その直後に、注射で薬剤が投与されると、間もなく二人ともまぶたが重たくなって眠りに就くかのように意識が沈んでいった。