街でのショッピングを済ませた二人は、ひとまずマリーが宿泊する研究所の宿舎へマリーを送ることにした。また、別室で女装をさせられた恭治が元の男物の服へと着替えるためでもあった。服装はともかく、顔の化粧の落とし方を恭治にはわからないので、和沙が化粧を落としてくれた。
早朝以来いつも通りの自分の顔に戻った恭治は、安堵の息を漏らした。
自分が女装したことを気取られることなく、マリーとのショッピングを済ませることが出来たのだから。
別室で着替えを終えた恭治がマリーの部屋に向かうと、マリーがテーブルにお茶を用意してくれていた。もちろん、日本茶。
マリーに座るよう手で促されると恭治はソファに腰かけた。
「ムッシュ恭治、今日は無茶をさせてすまなかったな。されど、拙者も女としてマドモアゼル和沙が不憫に思えてしまってな。たまには息抜きをさせてあげる意味で今日のことは大目に見てもらえぬか?」
ウィンクをしながら、両手を合わせるが、変な日本語のせいでちっとも可愛くない。
そもそも女装の提案をしたのはマリーなのだから、直接の原因はマリーにあるはずだ。敢えて、口に出すことは恭治もしないのだが。
でも、和沙にとって楽しい一日だったことは本当だろう。
実際、裏にいる和沙はご満悦なようで、感情が高ぶっている様子だった。
久しぶりに女性として行動出来たんだから、それは嬉しかっただろうな。
だったら、女装のことを差し引いて少しは目をつむってあげてもいいかな。
「それにしても、女装していた時のムッシュ恭治はなかなかの美人であった。女の拙者とて、嫉妬してしまった」
いたずらっぽく流し目でマリーは恭治を睨んだ。
嫉妬したと言われても、恭治は嬉しくもなんともない。自分には女装癖なんてものは一切ないのだから。それに、
「僕なんかより、和沙の方が綺麗ですよ」
恭治の発言に対して、表に出てきた和沙がすぐに噛みついてきた。
「ちょっと、恭治、何を言っているのよ!」
自分でも赤面していることがわかっている和沙だが、言葉は反射的に口から出てしまった。
そんな恭治と和沙の一人会話のやり取りを見ながら、マリーは意地悪そうにニヤニヤしていた。
「何じゃ? 拙者の前でのろ気話を見せつけるつもりか?」
マリーの言葉がトドメとなったようで、和沙は赤面すると表に出ているのも恥ずかしくなり裏に引っ込んだ。
裏に引っ込むのはいいのだが、それだと恭治が表に立たないといけなくなるから、恭治に押し付ける形になる。
それに、今の和沙は困った時に裏に引っ込むことで逃げることが出来るが、元の身体に戻っている状態だったら、逃げようがないだろう。その時はどうするつもりなんだろうか?
今の和沙を見抜いたように、マリーがつぶやいた。
「多重状態とやらは便利じゃな。都合の悪いときは裏に引っ込むことが出来るとは。実に興味深い」
マリーは全面的に非難しているわけではなく、一研究者としての視点で物事を見ているところもある。
十五歳という若さで特殊実験に参加することを許された彼女は、七光りではなく優秀な研究者であることを自身で示している。
まぁ、年相応と思えるいたずら心があるのもよくわかった。特に、女装とか女装とか……
恭治はまた嫌なことを思い出してしまいげんなりした。
お茶をすすりながら雑談し、しばらくすると日も暮れてきた。恭治と和沙はお暇しようということになり、恭治が表に出てマリーに挨拶した。
「じゃあ、今日はこの辺で帰らせてもらいますね。お茶、ご馳走様でした」
「粗茶で良ければ、またもてなすからな。気を付けて帰るのだぞ」
席を立つと、一礼して恭治は部屋を出ていった。
マリーは恭治が退室していく背中を見届けると、ソファの肘かけに腕を添えて頬杖をして、少女らしからぬ歪ませ方で唇を吊り上げた。その表情が何を意味するのか、彼女以外にはわからないだろう。