恭治は夕食を作るつもりがなく、帰りの途中で出来あわせの食品を買って帰ろうと思っていた。
今日は表に出ることはほとんどなかったが、マリーと和沙のショッピングの光景が恭治にとって精神的な疲労を招いたようで、かなり無気力になってしまった。
一方で和沙はかなりテンションが高揚しているようで、疲れを全く感じていないと言う。だから恭治の代わりに和沙が調理するので、出来あわせは買わないことに決定した。
恭治の部屋に帰宅するなり、和沙は冷蔵庫の中を物色し始めた。
「玉葱があるわね。恭治が好きな玉葱のかき揚げでも作ろうかしら?」
恭治は和沙が作る玉葱のかき揚げが好物だったので、お願いした。
それなら、和沙も嫌いではないので互いの好みに相違が生じることなく、食事を楽しめることが出来るだろうから、互いに有り難い一品となる。
和沙は、少し底の浅い鍋に油を注ぐと、ガスレンジに火を点けた。
その時点で、切っておいた玉葱と小麦粉などを混ぜたタネが入っているボウルを傍に置いておく。
油がある程度温まると、おたまにタネを入れて器用に油の中に形を崩さないように入れていく。
「相変わらず、手際がいいね」
感心するようにつぶやく恭治。
「えへへ、一応女の子ですからねぇ。これくらいは出来ますよ」
和沙もまんざらでもないようで、照れながら胸を張っていた。
頃合いを見計らって、油の中から出来上がった玉葱のかき揚げを拾い上げる。
綺麗にきつね色に揚がっていている。
かき揚げをお皿に盛ると、あらかじめ済ませておいたキャベツの千切りを傍に盛る。
ただし、味噌汁はレトルトの物にした。一から作るには時間がかかるためだ。
「さぁ、召し上がれ」
和沙はおもむろに、箸を右手側に置くと裏に回った。
和沙は左利きだ、これでは箸の向きが違う。それに召し上がれとも言った。
「和沙が食べないの?」
料理を作ったのは和沙だから、和沙が食べればいいのにと恭治は思った。
和沙は恭治の問いに、答えるためにもう一度表に出る。
「せっかくだから、恭治が食べて。今日は、私のわがままに付き合ってもらったんだから、これはささやかなお礼ってことで」
それだけ言うと、裏に戻った和沙。
せっかくだから、と言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。
早速、和沙が揚げてくれたかき揚げを箸で取り、口に運んだ。
じっくり噛み締めると、中までしっかり火が通っておりさくさくとした食感が心地よかった。
恭治は、それほど女性の料理を食べたことがあるわけではないのだが、間違いなく和沙の料理はかなり美味い部類に入るのだろうと思っている。
天然だけど、こういうところはしっかりしているんだよなぁ、と感慨深く食事を堪能した。