五月十三日(実験二十四日目)
恭治はいつも出勤する時間より早めに家を出て、研究所へ向かった。
特に仕事上で何か早く来なければならない理由があったわけではないが、恭治として個人的に研究を始める前に研究所の中にある部屋に行きたいという理由があった。
その一室は、部屋全体の室温が低めに設定されている。そのため、五月に着るような服装では少し肌寒く感じてしまう。
白い息を吐きながら部屋の一画にある恭治の腰ほどの高さの台に置かれているカプセルに近寄った。
そのカプセルには、和沙本来の肉体が封じ込められていた。
この部屋は、肉体を冷凍保存するために設計された部屋で、和沙の人格が恭治の脳内に転移したことで脳死状態になった和沙の肉体を保存している場所だ。
恭治も和沙本人も、和沙の肉体を見るのは転移実験を行使した日以来約一ヶ月振りだった。
カプセルの中で眠っているように目を閉じている和沙の肉体は、胸の上で両手を握り締めていて、まるで神に祈りを捧げているように見える。
それでも、和沙にとって自分の死体を見ているような感覚はそのまま残っていた。
「私ってこんな顔をしていたのね。鏡で見るのとでは、ちょっと違うわね」
直接、自分の姿を見ることなど、今の和沙のような環境でなければ不可能だろう。
和沙は、カプセルを手でなぞるように動かして感慨深く自分の顔を見ている。
「自分の身体に戻りたい?」
心配そうに語りかける恭治。いくら冷凍保存されているとはいえ、自分の肉体を手放しにしておくなど、安心していられる気分ではないだろう。
「そうね。でも、今日やる快楽のデータ収集が終わったら、転移の観察自体はひとまず終了するんでしょう? なら、今日にも戻れるわよね」
「ああ、そうだね」
早く元の身体に戻してあげたいと思う恭治だった。和沙の心は和沙の身体にあるべきなのだから……
中編に続く……