現段階で、何のトラブルもなくスムーズに事が運び第六班のメンバーは胸を撫で下ろした。
「あの~、先輩方。視界が悪すぎて怖いので、身動きが取れないんですけどぉ」
恭治の脳内に転移した和沙は、仰向けになったまま両手を振って助けを求めている。
「とりあえず、烏丸の眼鏡をかけさせてやれ」
真山の言葉に従って、研究員は恭治の縁なし眼鏡を和沙にかけてやる。
眼鏡をかけることによって、急に視界がはっきりとしたため、和沙は驚嘆の声をあげた。
「すごい! 眼鏡ってこんな性能があるのね! でも、これじゃあ恭治って眼鏡がないと何も出来ないわね」
「何も出来なくて悪かったな」
和沙の声の次に、恭治の声が発声される。もちろん、恭治の口からだ。
同じ人物からまったく異なる声色が交互に出されたことに、驚きのあまり研究員たちは息を飲んだ。
「まるで、多重人格みたいだな」
「でも、異なる人格と表立って会話が成立することってあるか?」
「別の人格が語りかけることはあるらしいがな。多重人格者として位置付けるとしても、烏丸と綾辻は特殊も特殊だな」
ありのままの感想を述べる研究員がいれば、端末をしげしげと確認しながら喜々とした声をあげる研究員もいた。
視覚情報が行き着く脳の領域である第一視覚野の反応が、和沙が恭治の脳内に転移する前と転移した後では、まるで異なり、さらに恭治の人格が表に出た時と和沙の人格が表に出た時とではまたさらに異なるのだ。
それは、聴覚領域にも言えることで、転移前の活動より活発化していることがはっきりと確認された。
また、恭治の人格が身体を動かす時でも、和沙は恭治と記憶を共有し、恭治が五感で感じた時でも途中で割って入ることが出来るようだった。もちろん、恭治も同じことが出来る。
多重人格では、メインとなる主人格とときおり現れる交代人格などと呼ばれる人格があるのだが、恭治と和沙の場合は二人とも主人格と言えるほどにお互いの存在が大きい。
そもそも、和沙は恭治の心から分割されて発現した人格ではなく、一個人としての人格を意図的に恭治の脳内に転移させたので、多重人格とは言えないだろう。
しかし、第六班は彼らが多重人格かどうかなどの論議をするつもりは毛頭ない。
第六班が知りたいのは、恭治の脳内に和沙を転移させたことで何が起きるのかだ。もちろん、その過程で多重人格が関係してくるのであれば、それについての研究を行うつもりではある。
「烏丸、綾辻、気分の方はどうだ?」
真山の言葉に対して、先に反応したのは恭治だった。
「いや、特に実験前とはそんなに変化はありませんよ」
次に和沙が答えたのだが、恭治にとっても真山にとっても意外な返答だった。
「ものすごく、気持ちいいです!」
「「はぁ?」」
和沙と交互に声を発する恭治も真山と異口同音で声を吊り上げた。