和沙曰く、恭治の身体にいるのはかなりの快楽を味わうことと同等らしい。
三大欲のどれかに当てはまるのかと、真山が尋ねると、どれにも当てはまらないという。
五感とは異なる第六感があるように、四つ目の快楽ともいえるものらしい。
しかし、転移された側の恭治は、何も変化がない。快楽なんてちっとも感じられない。それは、転移してきた和沙だけの特権とでもいうべきものなのかもしれない。
自分だけに快楽があると知った和沙は、意地悪そうに恭治に尋ねる。
「恭治はないのぉ?」
「そんなもの、ないよ」
「そっかぁ、残念だったわね。ものすごく、気持ちいいのよぉ?」
「それはさっきも聞いた」
仏頂面でふて腐れる恭治の声を聴くのが、和沙は面白くてしょうがない。
この話題ばかりされると自分だけ損した気分になるので、恭治は話題を変えるため真山に問いかけた。
「それより、和沙の肉体の方はどうなってるんですか?」
その言葉を聞いて、研究員たちは言いにくそうに目をそらした。
恭治はまだ起き上がることを許されていないので、首を左に向け横たわっている和沙の身体を確認する。
目を閉じたままで、身動き一つしない。
よく考えなくとも、心といえる人格を取り除かれた身体が動くわけがない。
研究員はバツが悪そうにようやく答えた。
「綾辻の肉体は脳死状態になっている。当然といえば当然なのかもしれないが……」
大まかにはそうなるだろうと予想していた和沙本人も、あまりいい気分ではない。
「なんだか、死んじゃってるわたしを見てるみたいね……」
しょげた恭治の顔が和沙のものであると感じ取った研究員はフォローするように付け加えた。
「心配するな。綾辻が元の身体に戻るまでは、コールドスリープで保存しておく。定期的に電気ショックを加えて筋肉が衰えることも防ぐからな」
「はい……ありがとうございます……」
それは、実際に行ってくれる処置なのだろうけれど、それでも物寂しく感じる和沙の胸が痛んだ。
(自分の死体を見ている気分だし、見ている私はまるで幽霊みたい……)
「何をしょげているんだい? 僕が一緒なんだから大丈夫だよ」
いつも和沙がしょげた時、恭治は頭を撫でてあげるのだが、さすがに自分の頭を撫でるようなおかしなことをすることは出来なかった。
それでも、その一言は和沙にとっては嬉しかった。
「ありがとね、恭治」
お互いに心の中で会話しているつもりの恭治たちだったが、周囲にとっては恭治一人が独り言で会話を成立させているようにしか見えないので奇妙な光景としか映らない。
研究員の一人が笑いをこらえて遠慮気味に恭治たちに忠告した。
「烏丸、綾辻。出来る限り、声を出してお互いに話しかけるのは、控えた方がいいと思うぞ」
その時表に出ていた恭治は大きくため息をつき、和沙も心の中で赤面した。