興味深い事象が起きるので、プライベートもそのまま生活するように恭治たちは言いつけられ、脳内に和沙を抱えたまま恭治はゴールデンウィークを過ごすこととなった。
「恭治、今日は肉をいつもみたいに食べないんだな?」
恭治の友人である伸哉が網焼きにされている肉をトングで裏返しながら怪訝そうに尋ねる。
「うん、最近好みが変わってきたみたいなんだ」
何の気なしに、さらりと受け流す。さすがに、和沙が転移したから食の好みが変わったなんて口が裂けても言えない。
「それに、酒も呑まないしな」
もう一人の友人の正隆がすかさず追加のツッコミを入れてきた。
二人ともガツガツと焼肉を食い漁り、かなり酒に強い方の伸哉はビールジョッキを次々と空けていく。これで何杯目だっけ? カウントするのを忘れるくらい呑んでるこいつ。
恭治はいつもの七分目程度にしか焼肉を食べることが出来ない。
和沙は、焼肉に行くと知った途端に裏に引っこみ、表に出ようとしない。ちなみに、やろうと思えば、和沙も恭治の声色を発することが出来るらしいので、プライベートの時に表に出る時は、和沙の声を発しないように恭治はきつく言い聞かせている。
不思議なことに、互いの感情は心の内で読み取ることが出来るが、思考までは読み取ることが出来ず、コミュニケーションを取るためには口頭または筆談などで互いに表に出て意思表示しないといけないことがわかった。
ただ一度喋ってしまえば、その記憶を共有するので理解出来てしまう。
表に出てなくとも、五感を共有してしまうため、肉が焼け、香ばしい匂いが和沙にとっては不快らしく、少し気持ち悪くなっているようだった。
ちょっと申し訳ない気持ちになる恭治だったが、これも友人との付き合いなので我慢してもらおう。
「ほうひえは、ほほしのホールヘンフィーフはひょうひもはほへるんははぁ~?」
言いながら伸哉は肉にがっついている。頼むから口に食べ物がある状態で喋るな。
そういえば、今年のゴールデンウィークは恭治も遊べるんだなぁ? と言っているようだ。
「ああ、今年は上からのお許しが出たからね。特別な予定が入らない限りね」
とはいうものの、実験中だからこそ長期休暇をもらえたと言うべきなのかもしれないが……
プライベートを過ごすことによって、何かしら変化が起きるかもしれない。
研究所に缶詰になっている状態では、有益なデータを収集することが出来ないだろうと言う真山の判断で守秘義務を守りながら、プライベートを過ごすようにという命令が下ったのだった。
牛タンを片面だけ焼いてネギを包みながら箸で取って口に放り込む恭治。以前のようにがっつくことは出来ないが、牛タンは焼肉の中では一番好きであることに変わりはない。
しばらく研究所に入り浸っていたから、焼肉なんて贅沢な食事は久しぶりだ。和沙には悪いが、多少は堪能させてもらおう。
そう考えた途端に、裏にいる和沙の感情が現れた。不愉快そうな感情だとよくわかる。
「事情はわからないけど、恭治がどんな仕事に就いているのかは教えてもらえないもんな」
とがめる様子ではないが、少し淋しそうにつぶやいてビールジョッキをあおる伸哉。
「悪いね。医療研究系だから、守秘義務が多くてね」
何度か言われたことなので、答えることが出来ないとその度に同じ返事をするだけだ。
「そういえば、彼女とは会わなくていいのか? せっかくの休みなんだろう?」
正隆は皿からハラミを取り上げると網へと放りつつ、恭治を気遣う様に言ってくれる。
彼女、つまり、和沙とは職場恋愛ということも秘密にしている恭治は二人には遠距離恋愛だと言ってごまかしている。
「まぁ急に入った休暇だから、タイミングが悪くて会えなかったんだ」
と答えると、恭治の意識が遠のく。それは和沙が現れることと同義だとわかる。
表と裏が切り替わる。
和沙は胸ポケットからメモ帳を取り出すと、同じく胸ポケットのボールペンを左手に握る。
メモ帳を右手で押さえながら、和沙は左手でメモ帳に字を書いていく。ただし、普通の文字ではなく、速記と呼ばれる特殊な符号を使って書かれる文章だった。
単調な文字なので、速記を知らない人が見ればただの落書きのようにしか見えないだろう。
しかし、それよりも端から見ている伸哉と正隆が驚いたのは、突然恭治が左手でペンを使い始めたからだ。
「恭治って、右利きじゃなかったっけ?」
正隆にそう問われた和沙は、気にも留めず適当に流した。
「うん、まぁ、ちょっとね」
口調が若干女の子っぽくなったことが伸哉は気になるようだった。
裏側で恭治が焦っているのを承知の上で和沙は左利きであることを隠さずに堂々と速記をして見せた。
再び和沙が裏側にまわり、恭治が表に出る。
恭治はもともと速記を書くことは出来ないが、和沙と記憶を共有することになったので速記を読み取ることは出来るようになっていた。
すぐに、先ほど和沙がメモ帳に書かれた速記を読む。
『まさか、その彼女が自分の脳内にいますなんて言えないわよね。それじゃあ、脳みそが痛い人って思われちゃうもんね。ね? 大好きな恭治』
若干の悪意を和沙から感じた恭治は、メモされたページを千切り取ると、左手でぐしゃぐしゃに握りつぶして唸るように低い声を発した。
「あの、バカタレは……」
裏側では和沙がほくそ笑んでいるのがよくわかる分、唸るトーンが余計に下がってしまった。
一方、伸哉たちにとっては恭治が自分で書いたメモを読んで腹を立てながらメモを握りつぶしたのだから、何をしているのかよくわからないといった変な顔をした。