恭治たちが関わっている人格転移実験やマリーが対象であろうクローニング実験など、そういった秘匿性の高い研究に対して、表沙汰にならないよう漏えいを防ぐための危険な組織が研究所内に存在しているらしい。
それがサンクシオン機関だ。
情報が表沙汰になる前に、脅迫や暗殺など非合法であり非人道的な行為を平然と行う組織らしい。
しかし、そもそもアンジェリーク医療研究所の裏側の活動自体が非合法であり非人道的なものばかりなのだから、そのような組織が存在していても何ら不自然ではない。
とはいうものの、誰だってわが身が可愛いだろうから、サンクシオン機関に狙われるような行為はしないように研究を行っている。
本当にサンクシオン機関が活動しているかどうかは誰も知らない。
周囲で行方が分からなくなった人物は存在しないが、転勤と称して抹殺されている可能性があり、確実にサンクシオン機関が関わった事件などは表立って耳にしたことはない。
それは、サンクシオン機関の暗躍がとても巧みに行われているという裏付けなのか、そもそも、サンクシオン機関そのものが存在していないのか、実際のところわからない。
ただ、恭治たちが先輩研究員たちに言われたことは、「無闇にサンクシオン機関を探ろうとするな。いくら興味があっても触れてはいけない禁忌はある。禁忌破りの研究員が言うことではないがな」ということだった。
自嘲気味に言っていた先輩たちの言葉には重みがあり、真実味を感じられずにはいられなかった。
サンクシオン機関、その単語だけで十分抑止力になっていることがその言葉でよくわかった。
火の無いところに煙は立たぬという言葉があるが、恭治は先輩たちの言葉からサンクシオン機関は実在すると踏んでいる。
そのために、制御室で行ったことは全て記録に残らないように行動してきた。
恭治はハッキングの才能も研究所内で評価されていたため、自信があった。
「でも、それが罠だとしたらどうする?」
個室の入口の方から少女の声が聞こえて、恭治は跳ね起きた。
そこには、マリーが立っていた。
まるで、先ほどまでの恭治の心を読んでいたかのように、入口に立つマリーは質問を投げかけた。
「恭治、残念ね。あなたは記録を残してないつもりだったようだけど、あなたが使った端末自体に記録が残っているわ」
いつもの間違った日本語ではなく、はっきりとした正しい日本語を話すマリーに対して和沙は驚いた。