一方、恭治は動揺した様子もなく、マリーに言葉を返した。
「なるほど。そもそも、僕が使っていた端末に細工をしていたんですね」
恭治が使った端末からデータがマリーに送信されていたのだろう。
「初めて会った時に、和沙さんに言ったでしょ? セキュリティには穴があるって」
不敵に笑うマリーの顔は、とても不気味なものだった。
「それで、僕たちのことをサンクシオン機関に差し出しますか?」
恭治はあくまで平静を装ってマリーと向き合う。ここで心を乱したら、クラッキングをしたという後ろめたさを突かれてしまいそうだ。
冷静でいようとする恭治の姿勢はマリーにも感じられる様子で、マリーも余裕さを保っている。
マリーの口からどんな言葉が発せられるのか、心の中では身構えている恭治。
「まさか、この程度のことでサンクシオン機関を動かす必要はないわ。あくまで、上司からの注意勧告程度じゃないかしら?」
肩をすくめながらマリーは恭治に言葉を投げかける。
「それに、あなたたちをサンクシオン機関へ差し出してしまったら、計画が中途半端なところで瓦解してしまうわ。それは私の望むことではないわ」
意外な回答が返ってきたので、恭治と和沙は拍子抜けしてしまった。
自分たちが行った(ほとんどが恭治の)行為に対して、大した処分が下されないとマリーが言ったのだ。
単純にクラッキングを行うならともかく、マリーとルイーズのデータが同一のものであるということを突き止めたことは、マリーにとっては不都合な事実ではないかと思ったのだが……
「いいのよ、早晩、あなたたちにも伝えようと思っていたところだったから」
「じゃあ、あなたはやはりルイーズ元所長なんですね?」
恭治が率直に尋ねると、マリーはゆっくりとうなずいた。
「そうよ。私は、ルイーズ=アンジェリーク・デュラス。マリー・デュラスなんて女の子は存在しない。恭治は察しているようだけど、この身体はクローニングして加齢させた出来損ないの身体よ」
先ほどまでとは一転して、吐き捨て嫌悪するように自分の身の上を明かすマリーはとても寂しそうだった。
悲哀に満ちた表情でマリーとなった経緯を語るルイーズ。
マリーことルイーズは、病魔に蝕まれ余命いくばくもない本来の肉体を捨て、自身の体細胞からクローニングしたマリー体を生み出し、恭治の推測通りアメリカ支部の技術を利用し、マリー体を急成長させて、ルイーズの脳を移植させることに成功した。
それで、マリーとして再誕したルイーズは、不老不死を手に入れることが出来たと思っていた。
自嘲気味に微笑んだマリーの表情が、とても十五歳とは思えない歪んだ表情であると恭治と和沙が感じるのは、目の前の少女が本来は老人であることを知ってしまったからだろうか……
初めて対面した時は、日本文化が好きだが日本語を間違えて覚えてしまったやや大人びた可愛らしい女の子という印象が若干あったが、今ではその片鱗すら全く感じられない。
そんなことを思いながらルイーズの言葉に耳を傾けていた恭治と和沙に向けて、さらに落胆した様子で大きくため息を漏らすルイーズ。
「ところが、それでも不老不死を手に入れることは出来なかったのよ」
これも恭治の推測通り、高齢のルイーズの体細胞を使って創り上げたマリー体は、生まれつき年老いた状態で生まれたも同然だった。
おもむろに、マリーが右手に身に着けていた指ぬきの手袋を外した。
さらされたマリーの右手の甲を見て恭治は目を見開いて、和沙も驚いた。
以前、手袋のことを恭治が尋ねた時、マリーはやけどをしたあとを隠すためだと言った。
しかし、それは嘘だったのだ。