ルイーズにもうかける言葉はないと、和沙は裏に退いて恭治が表に出た。
「そうですか。でも、僕にとってルイーズさんの主義主張なんてどうでもいいんですよ。今は、人格の再転移が失敗して和沙が元の身体に戻れないことが気がかりなだけです。もし、ルイーズさんが何度でも人格転移を繰り返す技術を確立させたいというのなら、まずは、和沙を救ってください。そこは、僕たちと利害が一致するんじゃないですか?」
そう言う恭治の口調は、声を荒げているマリーに比べたら、静かで落ち着いたものであったが、その中には怒気がこもっていることはよくわかった。
裏にいる和沙も、恭治に込められている怒りの感情を感じた。
恭治は滅多なことでは感情を表すことはない。普段から物腰が柔らかなため、怒ることは少ないのだが、一度腹を立てると根強く静かに怒るのだ。
恭治の言葉に怒りが入っていることに対して、ルイーズは動じることなく不敵な表情を浮かべてうなずいた。
「そうね。和沙さんの再転移が成功しない限り、実験は成功とは言えないし、私の望みも叶わないものね。いいわ、真山と検証しましょう」
それだけ言うと、ルイーズは個室を出て行った。
「ふぅ……」
マリーことルイーズが退室するや否や、恭治は大きくため息をついた。そして、大袈裟に頭を抱えた。
「まさか、あそこまであっさりとバレるとは思わなかったぁ……」
どうやら、ルイーズにクラッキング行為を把握されていたことに対して落ち込んでいる様子だ。
和沙は「落ち込むとこそこ?」と遠回しに突っ込みを入れようと思ったが……
和沙は恭治がそんな心理状態に陥ったことを不味いと感じた。
以前語ったように恭治は一度落ち込むと、どれだけ周囲が励ましの言葉をかけてもそれに対して耳を貸すことはなく、ずっと落ち込み続けるのだ。
一度ネガティブスパイラルに入ったら、時間が解決してくれるのを待つしかない。
他人をフォローしたり励ますことが上手な恭治だが、自分のことになるとそれがまったく通用しないのだから、たちが悪いにも程がある。
とはいえ、一切フォローをしないのはあまりに可哀想だと思うので、形だけでもしておこうと思う。
「でも、大したおとがめがないって言われたんだから、良かったじゃない」
「そうだけど、自分が用意した端末までチェックしてなかったのはハッカーとして最低だぁ……」
あぁあ、やっぱりフォローが通用しないわ。
恭治にとって、ハッカーとしてのプライドが傷つけられた様子で、かなり落ち込んでいる。
恭治曰く、凡ミスもいいところで、まず自分のツールから疑うべきだったという。
呆れながら恭治の機嫌が早く良くなるのを祈るしかないと裏で思った和沙だった。
和沙は和沙で、マリーがルイーズだったという事実に打ちのめされているのに……
恭治ときたら、落ち込むところが完全にずれている。
ちなみに、恭治の落ち込みは翌朝目覚めるまで続き、その日眠りに就くまで和沙は何度かフォローを繰り返したが、やはり恭治は耳を貸さなかった。