リスクを承知で実験の実験体に名乗り上げてくれた二人だ。新人とはいえ、親しく付き合っている間柄でもある。
非合法な研究を行っている人間が語る言葉ではないが、出来ることなら和沙を元の肉体に戻してやりたいし、恭治との人格統合を防ぎたい。
しかし、それは偽善だな。と、真山は自分の感傷を笑った。本音は自分の提唱した実験を失敗させたくないだけなのではないか?
とにかくデータを収集し、新たな転移方法を発見することだ。
このことは、まだ恭治と和沙に伝えない方がいいだろう。余計な情報を与えて不安を煽るようなことはしないほうがいい。だが、マリーには伝えるべきか。
傍に置いている携帯電話を手に取ると、マリーが持っている携帯電話へ通話する。
日が暮れてしばらく経っていたが、四回コール音が鳴ったあと、電話がつながった。
「マリー様ですか? 遅くにすみません。烏丸と綾辻を実験体とする実験に関してお伝えしたいことありまして」
マリーは無言のままで真山の言葉を待っているようだ。
真山は自分が推測しているリスク要因を大まかだが説明した。
転移したとしても再転移が出来ないことはもちろん承知しているだろうが、転移先の脳に居続けると転移先の人格と統合されて一人格としての存在が消えてしまう可能性があると。
マリーはそのまま最後まで真山の説明を聞くと、ようやく言葉を返してきた。
「それは正に、多重人格の異なる人格を一つに統合することとそっくりね」
まるで他人事のように分析するマリーに僅かな苛立ちを覚える真山だが、そのマリーの姿勢こそが研究者として当然の対応だとわかっている。
いくら実験体が同じ研究者たちとはいえ、その二人に情を抱いている真山のほうが研究者として間違っているということも。
研究者は感情に振り回されず、理性で物事に取り組むべきだ。
だが、真山は考える。
研究しようと考えるのは、感情から来るものが多いのではなかろうか?
マリーがルイーズとして生き続けることに限界を感じたからこそ、マリー体を創りだしたはずだ。それは感情がもたらしたものではないか。
「真山、どうしたの?」
長考に入り込んでしまっていたため、マリーとの会話を失念してしまっていた。
「いえ、何でもありません。報告は以上です」
それだけ言うと、真山は携帯電話の通話を切った。
電話の向こう側で、マリーがいぶかしがっているのが目に浮かぶが、真山はマリーの事情よりも恭治と和沙のことを最優先に考えようと思った。