涙を誘う風、私は誰と涙を流す
泣きじゃくる私、それでもあなたは傍にいてくれる
薄れゆく心は何かを求めて、夜天を舞う
星も見えない空は虚空だと知らぬまま
叶うならあなたと聴きたい、いまを伝える悲哀の唄を
その歌声を聴きながら眠りに就くの
二度と目を覚まさないとしても
あなたが隣にいるなら、それでも構わない
ずっと傍にいると約束してくれたから
おぼろげに歌った和沙の詩を恭治は裏で記憶を共感していた。
余韻を邪魔するのはためらわれたので、恭治はすぐに表に出ることなく和沙が余韻に浸ったあとに出てきた。
「何だか、悲しい詩だね。どこで知ったんだい?」
「第四の快楽から目覚める時に思いついたの」
「じゃあ、和沙が作った詩なんだね」
恭治は和沙が作ったということを意外に思えた。
和沙はこんな悲しい詩を作るような人ではないと思っているからだ。
今の詩はどうにもペシミスティックな印象を拭えない、本当に悲しい詩だった。
悲観的でどこか何かに諦めているような詩。
それを第四の快楽からの目覚めで思いついたということに何か意味があるのではないかと……
和沙の心境を投影した詩だとは思いたくないが、自分たちが置かれた環境が異常過ぎて何かが影響しているのかわからない。
ただ恭治は、そんな悲しい詩のように和沙がならなければいいなと思った。
六月三日(実験四十五日目)
アンジェリーク研究所フランス本部
来日する直前までマリー体が冷凍保存されていた棟はフランス本部敷地内の中央にあったのだが、そことは対照的に敷地内の端に建築された棟がある。
高さはさほどないが、一日の間日陰に覆われる時間が長く不気味さを醸し出しているため、好き好んでその棟に近寄ろうとする者はいなかった。
その棟には特定の組織が配置されており、組織の存在意義に対する畏怖の念を込めてこう呼ばれていた。
『制裁者たちの塔』と……