プロジェクト・メメントモリ 中編 - 2/25

約一ヶ月前の実験の準備のように、恭治がベッドに寝ると、隣に脳死状態となっていて冷凍保存されている和沙の肉体を寝かせる。

同じく、互いに間接的につながっている電極パッドがついたネットを恭治と和沙本体の頭部に被せる。

恭治が眼鏡を外しているため、和沙が表に出てきても、視界が悪い状態なので和沙は少し不安だった。

一ヶ月前恭治の身体に転移する前は、今と同じく不安だった和沙を安心させるために恭治が手を握ってくれたけど、今は自分が恭治の肉体にいる。

だから、不安でも恭治は手を握ってくれない。

そう思うと、早く自分の肉体に戻れたほうがいいと感じる。

第四の快楽があったとしても、恭治と記憶を共有出来たとしても、別々の方がいい。

恭治と付き合い始めたころ、ずっと恭治と一緒にいられたらいいのにと思っていた。

それこそ、恭治の身体の中にずっといて、四六時中一緒だったらと……

現在に至り、まさかそれが現実になるとは思いも寄らなかった。

転移した直後は、念願が叶ったと思っていた。文字通り、ずっと恭治と一緒に生きるという願い。

最初のうちは、第四の快楽を得たり、異性としての生活が興味深かったりしたが、やはり、恭治に触れてもらえる本来の肉体にいることのほうが遥かにいい。

 

真山が研究員たちに指示を出す。いよいよ、和沙を元の肉体に戻す時が来た。

転移した時と同じように、恭治の肉体に脳波抑制剤を投与する。

その直後に、ゆっくりと瞼が閉じていき、恭治と和沙の双方が眠るように意識を失う。

「よし、綾辻の脳波を捕捉次第、即転移させろ」

真山からの命令が発せられるや否や、反応が弱くなっている恭治と和沙の異なる二つの脳波から交互に現れる和沙の脳波だけの捕捉を試みる。

どちらが和沙の脳波なのかは、和沙の人格を恭治の肉体に転移する前に脳波パターンを把握していたため、判別がつく。

しかし、一つの脳にある二つの脳波のうちの片方だけを捕捉するというのは、思った以上に難しい。

誤って、恭治の脳波を捕捉して和沙の肉体へ転移してしまっては、元も子もないのだから。

研究員たちも集中力を欠かすことなく、端末を凝視する。

それでも、タイミングを見計らって和沙の脳波だけ捕捉し、瞬時に和沙の肉体へと再転移させる。

「綾辻の脳波、捕捉しました。転移開始します!」

研究員がエンターキーを押す。

恭治の頭部に被せてあるネットに電流が流れて、恭治の身体が激しく痙攣する。

しかし、和沙の人格を受け取る側の和沙の身体は微動だにすることはなかった。

恭治の身体と対照的に和沙の身体は全く反応を示さないことに、周囲にいる真山や他の研究員たちはどよめく。

電子端末で人格転移の確認をしている研究員も無言のままだった。

沈黙に耐えかねた真山は、確認をしている研究員に成功の有無を尋ねた。

「どうだ? 綾辻の人格は再転移出来たのか?」

その問いに、電子端末を見ていた研究員は歯切れの悪い口調で答えた。

よく見なくとも、その表情が暗いのが結果を物語っている。

「それが、綾辻の人格転移……失敗しました」

その言葉を聞いて、誰もが落胆した。

理由はわからないが、和沙の脳波を捕捉出来たにも関わらず、転移させることが出来なかった。

まるで、転移することを和沙が拒絶しているかのように、脳波が一切転移する気配がなく、未だに恭治の脳内に留まっている。

しばらくすると、抑制剤の効果が切れた恭治が目を覚ました。

恭治は誰かに尋ねることなく、隣に横たわっている和沙の肉体に目線を向けた。

眼鏡をかけていないので、和沙をはっきりと見ることが出来ないが、それでもそのまま呼びかける。