プロジェクト・メメントモリ 中編 - 20/25

制裁者たちの組織名は、『サンクシオン機関』といい、機密性を重視しているアンジェリーク研究所の暗部の象徴ともいえる組織である。

公式には公開することが許されない非合法な実験などの情報が漏えいされないように、秘密裏に関係者を消去するために設立されたのが、このサンクシオン機関だ。

消去するといっても、殺害されたということが露見しないように、事故死や自殺に見せかけて情報を歪ませることも徹底している。

そもそも、非合法な研究を行っている研究員たちにはアンジェリーク研究所に勤めているということを公表することを許さないので、サンクシオン機関が手を下してもアンジェリーク研究所から研究者の情報が表沙汰になることはほとんどない。

秘匿を守らなければ地位を奪われるだけでなく、命すら奪われるのだ。

それ故に、サンクシオン機関は非合法な研究員たちからすれば、関わりたくない暗部となっている。

また、アンジェリーク研究所の創始者であり、サンクシオン機関の設立者でもあるルイーズですら、危険な形で触れたくない組織だと自覚している。

場合によってはルイーズもサンクシオン機関の標的になってしまう可能性があるのだから、そう自覚するのも止むを得ないことなのかもしれない。

それほどまでサンクシオン機関には独自の介入権を与えられているということだ。

とはいえ、設立されて間もないため、フランス本部以外の各支部までには配置されておらず、フランス本部から世界中にメンバーを派遣する形となっている。

サンクシオン機関の存在を知っていても、機関の構成員まで把握することなど不可能なので、思わぬところで事が露見し足をすくわれる恐怖が待っている。

棟の最上階に、その制裁者たちのリーダーの部屋がある。

部屋の奥に、椅子にもたれかかって、デスクの上に両足を乗せてふんぞり返っている男がいた。

スーツを着込んでいるが、その男には不釣り合いであることを雰囲気が醸し出していた。

無理矢理スーツを着せられていると表現してもおかしくないかもしれない。

彼が部屋の主、オクタヴィアン・ラファージュだった。

オクタヴィアンは目つきが鋭く、その蒼い瞳はまるで鷹や鷲のような獲物を狙う猛禽類(もうきんるい)のそれとよく似ている。

狙ったものは見逃さない、食らいついたら離さない。

目は口ほどに物を言う。そういう言葉があるが、それを体現しているのがまさにオクタヴィアンと言えるだろう。

不遜な振る舞いをするオクタヴィアンの正面に、凛とした表情と姿勢をしているスーツを身に纏った女性が立っている。見た目から東洋系だということがわかる顔立ちをしていた。

「ガラム、ルイーズ元所長が冷凍保存から目覚めたというのは本当なんだな?」

オクタヴィアンに質問された東洋系の女性、ヤン・ガラムは手に持っているファイルをめくりながら、答えた。

「ええ、四月二十五日に覚醒したそうです」

「それにしても、事態の把握がかなり遅かったな」

デスクに乗せている足を組み直しながら、オクタヴィアンは不満そうな顔をした。

表情にはっきりと気持ちが出たため、ガラムは少し口調を弱めた。

「申し訳ありません、ルイーズ元所長に関する情報はブロックがかけられていてなかなか掴めませんでした。しかし今は、マリーと名乗って日本支部へ赴いているようです」

ガラムの言葉を最後まで聞くと、オクタヴィアンは鼻を鳴らした。

「ふん、あのババア、よほどプロジェクト・メメントモリにご執心のようだな」

「そうですね。クローン体で日本に渡航するなんて、無謀としか思いません。ご丁寧にマリーとしてのパスポートもあつらえて」

ガラムが持っているファイルには、主にマリーことルイーズ元所長の動向に関する情報が記載されている。

あらゆる情報に介入権を持つサンクシオン機関としても、組織内の全ての情報を把握することは現況では不可能に近く、ルイーズ自身も独自の権力を利用し情報統制しているため自分に関する情報がすぐにサンクシオン機関へ渡らない。

それでも、最終的にはサンクシオン機関に情報の大まかには行き渡るのだから、この組織は一筋縄に行かない恐ろしさがある。

「それで、ガラム。ルイーズのババアに対して介入権を行使する動機はどう作る?」

ガラムは下あごに人差し指を置きながらしばらく沈黙を保った。

次にガラムが口を開いた時には、冷たい表情を浮かべていた。

「そうですね。だとしたら……」

提示された介入権行使のためのおとしどころを聞いて、オクタヴィアンは満足そうにうなずいていた。

オクタヴィアンの表情もまた、ガラムと同じように冷たい表情をしていた。まるで、悪魔との取引に成功した黒魔術師たちのような表情だった。