六月十日(実験五十二日目)
真山は、行き詰っていた。
理論上、これならば和沙を恭治の脳から元の肉体へと再転移させることが出来ると思われた手段をいくつか講じた。
恭治の脳波を捕捉した直後に、残った和沙の脳波を捕捉する試み。
和沙が表に出た状態を維持し、その状態から和沙の脳波を捕捉する試み。
などなど、様々な再転移方法を試行したが、どれもが失敗に終わっていた。
どうやっても、和沙の脳波を完全に捕捉することが叶わなかった。
また、再転移の失敗はさらなる失敗を引き起こすリスクを背負うことになることもわかってきた。
再転移の度に、和沙の脳波が恭治の脳波に酷似する時間が延びてしまうのだ。
それはつまり、和沙が恭治と人格統合されていくことを意味する。
無闇やたらと再転移を試みて失敗すればするほど、和沙の統合が早まる。
何か決定打となる要因を見つけないと、このままではジリ貧になってしまうことは明白だった。
和沙のリスクとは別に、恭治の脳に負担をかけていることも事実で、恭治はここ数日、絶え間ない頭痛にさいなまれていた。
完全に八方塞がりとなっている。どこかに抜け穴がないか、見つけないと恭治に和沙にも悪影響を与えかねない。
夜が更けても、どこかに改善策を見出せないか、恭治と和沙に関するデータを洗いざらいしてチェックしているのだが、どうすればいいかわからないため、今の真山はパソコンのディスプレイの前で頭を抱えていた。
また、胃が弱い真山は、ここ数週間は胃炎に悩まされていた。再三、マリーから再転移の確立を早急に行うようにという連絡がやってきており、それも真山の胃炎のタネとなっていた。
しかし、実験体である恭治が頭痛に耐えながら和沙の再転移に対して積極的に参加しているのだから、立案者として胃が痛いなどということは、口が裂けても言えなかった。
言えるわけがない、一番苦しんでいるのは恭治本人のはずだから。
日に日に増える覚醒時に和沙が感じていると言う第四の快楽に違和感を覚えつつあり、和沙が危うい状態になろうとしていることを薄々感じ取っているようだ。
真山はまだ恭治と和沙に、人格統合についての話をしていない。
これだけ積極的に再転移を試行しようとしている恭治に真実を伝えることが出来ないのは、恭治が知ると同時に和沙も真実を知ってしまうことからだ。
二人が真実を知ると、穏やかな心境でいられるはずがない。
「どうにかして、再転移を成功させないとな……」
マリーには悪いが、再転移が成功したらプロジェクト・メメントモリは凍結しようと思っている。
真山自身が提唱した計画だったが、穴がありすぎて欠陥だらけの計画としか言えない。
この計画は踏み込んでいい領域ではないと感じずにはいられない。
クローニング技術ですら禁忌とされている。それ以上のことを自分はしようとしていた。
倫理を超えた研究を許されるというアンジェリーク研究所の誘いに狂喜乱舞し、非合法の研究の提唱をいくつか行ってきた。あの時、踏み込まなければ……
後悔して現況を変えることが出来るなら、いくらでも後悔する。だが、今更後悔しても何も始まらない。
とにかく、和沙を再転移させなければ……
ふと、携帯電話の画面が点灯し、着信が入る。画面に映る着信相手の名前はマリーとなっていた。
「はい、もしもし」
「真山? まずいことになってきたわ」
マリーが焦っている様子が開口一番に理解出来た。
狼狽とまではいかないが、珍しく動揺している。