プロジェクト・メメントモリ 中編 - 22/25

「一体何が起きたんですか?」

「あいつら、サンクシオン機関が介入権を発動したわ。私、真山、恭治と和沙さんに対してね」

「まさか……」

「そう、プロジェクト・メメントモリそのものに介入してくるつもりよ」

その情報は、マリーがルイーズとしての権力を用いて管轄下に置いているフランス本部特殊研究第八班からもたらされた極秘情報だった。

フランス本部の特殊第八班は、ルイーズをクローン体のマリーに脳移植したり、冷凍保存していたマリー体を管理するマリー専属のスタッフともいえる存在だ。

また、医療関係の支援だけでなく、独自の諜報活動も行うというただの研究班ではない。

その諜報活動で、情報収集し制裁を下すサンクシオン機関に対して、逆に情報収集を行い、機関の活動方針を把握してマリーに提示していたのだ。

しかし、それでも真山は腑に落ちない。

「どういうことです? 我々は、非合法ながら機密事項は守っているはずですよ。いくらサンクシオン機関でも、落ち度のない計画に対して介入権は許可されることは皆無じゃないですか」

「だから、無理矢理介入権を捻じ込んできたのよ。強引に落ち度を作ってね」

一体どういうことだろうか? いまいち状況を把握出来ない真山。

「つまりこういうことよ……」

マリーの説明を耳にすると、真山は思わず舌打ちした。

そう来たか、サンクシオン機関も本気のようだ。

「それと、サンクシオン機関は、制裁することだけが目的ではなさそうよ。プロジェクト・メメントモリのデータを欲しているようね」

「ということは、オクタヴィアン・ラファージュですか……」

「ええ、あの失敗作、取って代わるつもりだわ」

失敗作、そうオクタヴィアンは失敗作だからこそ、野心に凝り固まった考えを抱いているともいえる。

マリー、いや、ルイーズはオクタヴィアンのことをよく知っている。

彼が対象となった実験計画の概要をルイーズも把握している。そして、その実験は失敗という結末に終わり、オクタヴィアンもまた失敗作という烙印を押されることとなった。

その実験計画は「天河計画」という名で呼ばれていた。

「失敗作のくせに身体能力だけじゃなく、おつむのまわり方も速くなっているようね」

天河計画は、実験体であるオクタヴィアンの人としての眠れる潜在能力を引き出そうとする計画だった。

結果、当初の目的である運動能力の覚醒は成功したと言ってもいいだろう。

しかし、実験はオクタヴィアン本人の脳に大きな後遺症も与えてしまった。

実験の最中に、脳の海馬に大きな障害を与えられたことで、記憶の欠落が起こり、情緒不安定になった。

もっとも問題なのが、同じく大きく障害を負った前頭葉の影響で善悪の判別がつかなくなってしまったことだ。

実験前は、人がより良き道へ向かうことが出来ると信じて研究を行い、正義感が強く仲間思いの優しい青年だったそうだ。

しかし、危険な天河計画の実験体を他の者にさせるわけにはいかないと名乗り上げたことが間違いの始まりだった。

実験の失敗により、オクタヴィアンという青年は完全に壊れてしまった。

今の彼は、自身の本能のままに行動している。彼の心というものは本能のついでにあるという程度でしかない。

だからこそ、オクタヴィアンが指揮するサンクシオン機関という存在は恐ろしい組織となってしまっている。

人として多くの大事なものを失いつつも、いや、それだからこそ失われなかった残りの能力を駆使して、オクタヴィアンはサンクシオン機関を当初は徐々にだが、加速度的に内部から侵食していった。

そして、たった二年でサンクシオン機関を支配し、トップに上り詰めることに成功した。

オクタヴィアンのことを脳裏に描いていたマリーは眉間に皺を寄せながら吐き捨てるように言った。

「一時の快楽に身を投じようと考えているようね。大局的に物事を見ることが出来ない輩ほど、愚かな者はいないわね」

そこに真山が言葉を挟んだ。

「ちょっと待ってください。ですが、マリー様の仰るように失敗作であるオクタヴィアンが単独でそのような指示を下すでしょうか?」

オクタヴィアンが独自の判断が出来ないほどまでに、思考能力が欠落しているわけではない。

大局的な判断はしないが、善悪の区別がつかないだけで判断力はある。

そのため、真山の質問をマリーは肯定しなかった。しかし、似たようなことは考えていたようだ。

「そうね。とすると、副官のヤン・ガラムも怪しくなってくるわね」

ヤン・ガラムもまた、天河計画に関わった人物の一人でもある女性だ。

マリーの記憶だと、ヤン・ガラムは実験体であるオクタヴィアンに起こる変化を目敏くチェックし、それを検証する役割を担っていた研究員だったはずだ。

当時の彼女はあくまで一研究員でしかなかったが、表の世界でも裏の世界でも研究に関しては類稀な才能を見せており、周囲から大きく評価されていたようだ。

一方で、向上心という態の大きな野心を胸の内に潜めているのではという噂が所属しているフランス本部の水面下で浸透していたという。

もし、噂が事実なのであればオクタヴィアンを操り人形に出来なくとも、ガラムに都合のいいように方針を誘導することぐらいは出来るだろう。

そうなると、警戒すべき存在はオクタヴィアンだけではなくガラムも含まれる。彼女にも目を光らせておく必要がある。

まずは、サンクシオン機関が正式にマリーに対して介入権を発動したという案件を対処しなければならない。