しかし、和沙は恭治が苛立っているのは、自分のことを案じているからだとわかっていた。
そう結論付けたのは、和沙自身が恭治の思考を感じ取ったからだ。
恭治にはまだ明かしていないが、ここ数日稀に恭治の思考が和沙に流れ込んでくることがある。
第四の快楽が頻繁に起こるようになったことと比例して、恭治の思考が流れ込んでくることも増えてきた。
もしかしたら、自分は恭治という人格と統合しかけているのではないだろうか?
疑問と不安がない交ぜになったそんな気持ちが、和沙の心に生まれ始めた。
和沙とて研究員の一人だ。推測くらいはいくらでも出来る。
第六班の研究員たちは和沙と恭治に黙ってはいるが、おそらく和沙自身の身体への再転移が失敗する理由を知っている。
和沙と恭治、それぞれの人格を形成している何かが同調しかけているので、引き剥がすことが出来なくなったからではないだろうか。
その問題が解決しない限り、和沙は再転移出来ずに恭治の脳内へ居据わり続けることになる。
解決のために恭治の思考が流れ込んでくることを第六班に伝えるべきなのか?
しかし、そうすることで恭治を傷つけることになるんじゃないかと思うと恐い。
でも、現状をよくするためには、伝えるべきなのだろう。
そんなことを考えていた矢先に、恭治と和沙を取り巻く環境が激変した。
個室に軟禁状態になっていた恭治と和沙はすぐに状況を把握することが出来なかったが、外では第六班の研究員たちが、そんなことは在り得ない、予想することすら出来なかったと慌てふためいていた。
確かに、綾辻和沙という人格は烏丸恭治という人物の脳内に存在している。なのに、このようなことが起こるなんて考えられない。
用があって、個室を出てきた恭治は研究員たちの様子が普段とは全く異なっていることに気が付いて、何が起こったのかと尋ねた。
研究員は一度目を逸らしたが、言いにくそうに一言だけ告げた。
「脳死状態のはずの綾辻の脳が脳波を発した」と。
その言葉の意味を理解するまでに、恭治は数秒の時間を要した。
軟禁状態のままでいられるかと、恭治が第六班の研究室へと足を向けた時だった。
部屋に入ると、研究員たちが一つのディスプレイを中心に集まって、画面を食い入るように見ていた。
そこには、冷凍保存されていた和沙の肉体に関するあらゆる情報が表示されている。
今日の間に再度恭治と和沙の人格転移を試みようと考えていたため、和沙の肉体を解凍していた。
それからしばらくして、和沙の肉体に変化が起きた。
脳死状態なので心臓は鼓動を繰り返していたのだが、脳波は当然一切の反応を見せることはなかった。はずだったのだが……
先ほど、微弱だが和沙の肉体から脳波が現れていることが判明し、そのため研究員たちは大混乱となっていた。
無理もない。本来の肉体の持ち主である和沙本人は、現在は恭治の脳内にいるのだから。
研究員たちの最後尾にいる真山が振り向くと、研究員たちもまた同じように恭治に目線を向けた。
真山は、恭治の中にいる和沙に向かって尋ねた。
「綾辻。間違いなく、お前はまだ烏丸の中に存在しているよな?」
その問いに対して、和沙はこう答えるしかなかった。
「はい。私はまだ恭治の脳内にいます」
わかりきった答えが返ってくることを確認する質問だったため、真山もどう反応していいのかわからなくなっていた。
和沙の肉体から脳波を検知出来たということはどういうことなのだろうか?
皆が同じように思案している間に、少しずつ和沙の肉体の脳波が活発化していく。
一体、どういうことだ? そう感じられずにはいられなかった恭治だったが、もっともこの場で動揺しているのは、明らかに恭治の脳内にいる和沙本人だろう。