多重状態が続いたことで、最近は恭治と和沙の交代の時に起こる恭治の意識が遠のくことがなくなった。
転移してから、少しずつ状態が変わっていったことも、和沙の再転移失敗に影響を与えているのかもしれない。だからこそ、脳波のチェックは欠かせなくなったようだ。
「とはいえ、やっぱり軟禁状態っていうのは退屈だな……」
恭治がそうつぶやいたことで、和沙は思ったことを口にした。
「でも、仕方ないんじゃない? 私たち、特殊な状態だし」
そうなんだけどなぁ……と半分納得いかない様子で言葉をこぼす恭治。
小説を読むのをやめて、ベッドの上で寝転がり天井を仰ぐ。
視線の先にあるのは、全て真っ白に塗装された板面と、蛍光灯だけだった。
外界から遮断されて日が差さない地下エリアにあるこの部屋だと自宅から持ち寄ったアラーム付きのアナログ時計を見るだけでは、今が昼なの夜なのかわからなかった。
しかし、ケータイを開くとデジタル表示で、今が午後の六時半だとわかった。
「こんな時間か、食堂に行ってご飯を食べようか」
そうつぶやくと、恭治は足を勢いよく振り上げてベッドから身を乗り出し、テーブルの上に置いてあるストラップにつながれたカードキーを首から吊るすと部屋から出た。
特殊研究棟を出て、研究所の中央部に向かえば、深夜までやっている食堂がある。
一応、食事以外ではほとんど、特殊研究棟を出てはいけないことになっているのだ。
そのことが余計に今の退屈さを助長しているように思えて恭治はうんざりした。
また、特殊研究棟のメンバーであるため、通常の研究員たちとはほとんど面識がなく、一人で食事をすることになる。
まぁ、それも仕方ないか。と、割り切って食堂の列に並ぶ。
残業で残っている研究員も少なくなく、それぞれ研究班同士で会話をしつつ、ご飯やおかずを受け取り進んで行く。
恭治は一緒に雑談をするような相手がいない。第六班の他のメンバーは、まだ特殊研究棟に残って研究を続けている様子だったので、敢えて声をかけなかったからだ。
列に並んで、恭治が選んだ夕食のメニューは、焼き鮭と味噌汁、お新香といったシンプルなおかずだった。
ちょっと寂しいかなと思った恭治だったが、大して運動もしていない日々を繰り返しており、余計なカロリーを摂りたくないので、質素なメニューにしたのだった。
それに、このメニューなら和沙との好みの相違がないので揉めることもないだろう。
茶碗と皿が乗ったトレーに、お茶を入れたコップを置くと、人があまりいない席を選んで座る。
どうせ、会話が出来る面々などいないのだから、わざわざ人の多い席を選ぶ必要もない。
合掌して黙々と食事を進める。
別段、美味しい料理ではないが、かといってひどくまずいと言えるほどのものではない。
だから、無表情で淡々と食べるしかない。
「無表情を維持しておるようじゃが、何が不満なのじゃ? ああ、この料理のことか」
女性、いや、女の子の声が耳に入ったので、箸を止めて顔を上げるとそこにはトレーを片手に持ったマリーが苦笑いしながら立っていた。