恭治は特殊研究棟の入口にたどり着くと、カードキーを差し込み口に入れて抜き取り、ロックを解除した。
入口を抜けると、すぐ右手側にエレベーターがあるので到着したエレベーターに乗って、最下層に当たる地下のボタンを押して下降させる。
一分ほど待っていると、エレベーターが止まり、扉が開かれて正面に頑丈そうなドアが目に映る。
ドアの横側にセキュリティの照合端末が併設されている。
恭治は、右手をかざして指紋と静脈照合を行い、眼鏡を外し顔を端末に近づけて網膜照合をして、最後に声紋照合だ。
「特殊研究第六班、烏丸恭治。登録番号、10236029」
『烏丸恭治、本人確認出来ました。ロックを解除します』
端末から発せられる音声に続いて、ドアが開かれる。
音声に従うようにドアの向こう側へと恭治は一歩だけ足を踏み出して立ち止まった。
「どうしたの? 恭治?」
恭治が立ち止まったため、和沙が不審がって表に出て尋ねる。
恭治は和沙の言葉に意を介さず、黙り込んだままその場に立っていた。
「セキュリティの穴……初めて対面した時にマリーさんはそう言った……」
その時、マリーの存在を疑っている自分が冷静でないことは恭治自身も承知しているが、好奇心に押されてマリーのことを調べたいという妙な衝動に駆られた。
それは、軟禁状態の自分にやることがないということがその衝動を抑えられないということにも……
意を決した恭治は、一度自室に戻ると、耳に付けている送信端末機をベッドへ放り投げて、ある電子端末を手に取りすぐに部屋を後にした。
「恭治、何しているのよ?」
裏にいる和沙はわけがわからないが、あまり声を出すとまずそうなので小声で尋ねた。
恭治は廊下を早足で移動するかと思えば、監視カメラの死角を通るためにゆっくりと歩いたりして、まるで潜入捜査をしている諜報員のようなことをしている。
「特殊研究棟のセキュリティのデータベースを調べて、マリーさんの登録情報と通過記録があるかチェックする」
やりたいことはよくわかったが、やってはいけないことをしようとしているのも明白だ。
それに、何故そんなことを調べる必要があるというのだろうか?
和沙は理解出来ないとばかりに、止めようと思った。
強引に表に出てしまえば恭治を止めることなど造作もない。
それでも、何故、恭治が調べようとするのかは一応尋ねておくべきか。
「マリーさんという存在が腑に落ちないからだ。マリーさんはきっと何かを隠している」
「でも、だからといって、何で登録情報を調べるの?」
「僕は、マリーさんがプロジェクト・メメントモリに大いに関わっているんじゃないかと考えているんだ」
和沙には、恭治が考えていることがよくわからない。だが、恭治本人が何かの確信を得ようとしていることはわかった。
この身体は恭治の持ち物だから、自由にすればいい。それにどうせ止めても好奇心に惹かれている恭治は言って止まるような人でもないから。
監視カメラと棟内の研究員の目をかいくぐって、制御室へ入っていく。
制御室はオートマチックなので、常時人がいる必要がない。
特殊研究棟の性質上、制御室で異常があった場合、駆けつける面々が皆特殊研究班となるため制御室にはセキュリティ管理が行われておらず、人が来ない時間を見計らっていた恭治は容易に入り込むことが出来た。
ただし、何かの操作を行い恭治がマリーについて調べてしまうと履歴が残ってしまう。