もちろん、恭治もそれを承知しているから、履歴を残さないように特殊な電子端末を持ってきた。
まず、恭治は制御室にあるコンピューターを操作すると、電子端末を端子に接続する。
電子端末にコピーすることで、制御室に恭治の履歴が残ることはない。
しかし、このような電子端末を持ち歩くこと自体が規律違反で、ただでさえ、実際に使用するなど論外な行為である。
そんなことを一切気に留めず恭治は端末を操作して、マリーが初めて第六班の研究室にやってきた日である五月七日に特殊研究棟への通過を許可された人物のデータ記録を調べ始めた。
ログの中に、自分はもちろん真山や第六班の先輩研究員たちの通過記録が残っていた。
次々と制御室中央にある大型ディスプレイに表示されていく五月七日にセキュリティの許可を得た人物の記録の中に、マリーのデータはなかった。
さすがの和沙もその不自然さに疑問を抱いた。
「一体どういうこと? 今の恭治みたいにクラッキングまがいなことをマリーさんがしたっていうの?」
「そうだとまだマシなんだけど、僕の予想だとそうじゃないんだよね。多分、セキュリティを突破したという履歴は残っているはずなんだ。ただし、それはマリーさんのデータじゃない。別の人物の履歴として残っている」
そう恭治は言うものの、和沙にはさっぱりわからないので黙って恭治の結論を待った。
制御室のディスプレイに目的の人物の記録が表示されると端末のタッチパネル内のキーボードをタイピングしていた手が止まった。
「これが僕の結論の答えだよ」
「そんな……」
ディスプレイを見た和沙は言葉を失った。
確かにそこには、マリー・デュラスという人物の通過記録は表示されていなかった。
マリーの代わりに表示されていた人物の記録は信じがたいものだった。
『ルイーズ=アンジェリーク・デュラス』マリーの祖母であり、フランス本部の元所長。
ルイーズのことは和沙もよく知っている。いや、知っているからこそ、信じがたい記録と言えるのだ。
ルイーズ本人がここに来ることが出来るわけがないのだ。何故なら、ルイーズは既に死亡している人物なのだから……
「どういうこと……マリーさんがルイーズ元所長とでも言うの?」
喉に何かをつまらせたように、和沙はゆっくりと恭治に尋ねた。
「どうだろうね。少なくとも、セキュリティのデータ上では同一人物ってことになるんじゃないかな」
でなければ、日本支部では情報登録されているはずのないマリーがセキュリティを通過するわけがなく、通過したマリーの記録がルイーズ元所長となっていることに合点がいかない。
それはそうと、恭治はリスクを承知でマリーの記録を調べてどうしようというのだろう?