コロシチャッタ? 一年前の今日?
俺はわけがわからなくなってしまった。これは夢なのか、それとも現実なのか?
「だって、私があんなに愛してるって言ってるのに、それでも君は私と別れたいって言って、それを取り消さないんだもん。だから……」
そう言って、楓は地下に繋がっている階段を指差した。俺は楓が指差している後ろ側を見た。
「ここから、突き落としてあげたの」
本当に、俺は彼女に殺されたのか……
俺が階段の先、月明かりが届かない先を見つめていると、楓はくすくすと笑っていた。
「私を愛してくれない和義くんなんていらないよ。だから、私は私を必要としてくれる和義くんを創ろうとしたの。でも、創るたびに、和義くんは私を振った今日のことを覚えてくれてなかった。私は、ちゃんと謝って欲しかったのに。『ごめんな、楓。お前と別れたいっていうのは本気じゃなかったんだ。俺はお前を愛してる。だから、ずっと一緒にいよう』って言って欲しかっただけなのに、今までの和義くんはみんな、私と別れたいって言ったことを忘れちゃってたんだ。でも、君は、私とやり直したいって言ってくれた。だから、もういいの」
これ以上ないってくらいの満面の笑みを浮かべてまたステップを踏む彼女。まるで、人間ではない、何か別の存在じゃないのかと思った。
だけど、それは俺自身にも言えることだ。俺も本当の和義じゃない。楓に創れたまがいものだ。
そして、俺の楓という少女への想いが幻想だと気付かされた瞬間に、喜びと恋心は失望と恐怖に入れ替わった。
「ねぇ、和義くん。君は私のこと、好きなんだよね? 一年間ずっと、ずっと君のことだけを考えて生きてきたんだよ? これだけ愛されていたら、幸せを感じるでしょ? だからこそ、やり直そうって言ってくれたんでしょ?」
誰だ、目の前にいるこの少女は、誰なんだ! 俺はもう何もわからなくなっていた。
俺は一歩一歩、後ろにさがっていく。その度に、少女は俺に歩み寄ってくる。
「ねぇ、私のこと、もう一度好きって言って」
俺の目に映るものは、既に現実じゃなくなっている。眼前にある姿は少女の形をしていなかった。
この世のものとは思えない女の形をした化け物のように思えた。俺がやり直したいって思ったのは楓であって、こいつじゃない。
「好きって言って、和義くん」
化け物は俺を見て微笑んでいる。だけど、それが人の微笑みと同じ意味を為しているようには思えない。
俺は、恐怖で足がすくみ始めた。動けない俺にゆっくりと化け物は歩み寄る。
今にも、走ってこの建物から抜け出したい。気持ちは激しく訴えるが、身体が動いてくれない。
「ねぇ、和義くん」
すくむ足を無理矢理でも引きずって後ろに下がる。足元から、小石が金属の上を落下していく音が響く。
かかとが地下に続く階段の段差にひっかかった。
「ねぇ、和義くん」
化け物は変わらず笑っている。
スキッテイッテ、ネェ、カズヨシクン。言葉すら、人のものとは思えなくなってきた。
「俺は、お前なんか……」
勢いよく後ろに仰け反ると、俺はバランスを崩して階段を踏み外した。
「うわぁぁぁ!」
そのまま階段を転がり落ちて、その先にあった壁に後頭部を強打した。
動けなくなった俺は頭の後ろ側からぬるぬるしたものが流れているのを感じながら、薄れゆく意識の中で階段の上から虚ろな目で見下ろす楓が呟いた言葉を俺の耳が捉えた。
「今回も失敗かぁ。やり直さなきゃ。また会いましょう、和義くん」