楓の頼みを聞くと、彼女は付き合っていたころによく通ったデートコースを散策しようと言い出した。俺は二つ返事で応じた。構わないと言った以上、応じるしかない。
まず、海沿いにある公園にやって来た。
公園といっても、特別遊具があるわけでもなく、ただ単に芝生になっていて周りにベンチが設置されているだけの、物寂しい場所だった。
俺たちはここで、楓が作ったサンドイッチを二人で食べて雑談をするのがデートの始まりだった。
俺たちは並んでベンチに座って、海沿いを眺める。
海風が吹いて楓は麦わら帽子が飛んで行かないように帽子を押さえながら、長い髪をなびかせていた。
それをとても新鮮で可憐な姿だと俺は感じた。
俺がずっと楓の横顔を見つめていることに気付いたようで、少し照れ笑いをしていた。
「何? そんなにじっと見ないでよ」
「いいじゃないか。減るもんじゃないだろ?」
「そうだけど、恥ずかしいもの」
本当に恥ずかしかったのか、帽子を押さえていない左手で俺の肩を遠ざけた。
少し間を置いて、申し訳なさそうに俯いて彼女は呟いた。
「ごめんね。今日はサンドイッチ作って来なくて……」
「あ、いや……」
返答に困って彼女とは反対方向に顔を背けた。
「ごめんごめん。私、彼女じゃないんだから、そんな厚かましいことしちゃいけないよね」
無理に明るく振る舞っているのがよくわかる。どうして、あんなに後ろめたそうにするんだろうか?
「気にするなって。お互い、準備なんてしてなかったんだから」
間の悪いフォローをしていると自分でも思う。やっぱり、居心地が悪いからか、気の利いた言葉が全然思いつかない。
「ありがとう、和義くん。やっぱり、君は優しいままだね」
俺を優しいと言う楓。今日だけは、楓も俺も本当の恋人だと思っているようだ。
公園を立ち去って、小さくて、それでいて年季の入っている動物園を訪れることにした。そこも昔のデートコースの一環だった。
動物園は公園から少し離れているので、バスに乗って移動する。
バスの左側後部座席の窓側に楓が、内側に俺が座る。
街中から山の方に向かって移動するバスの中、揺れる車内で楓は外側の景色を肘杖をしながら眺めている。ふと、楓の右手と俺の左手が触れる。
楓の右手が俺の左手を上から強く覆った。俺もそれに応えるように握り返した。
照れとか嬉しさとかで胸が高鳴る。
「和義くんの手って、温かいを通り越して熱いね」
こんな夏場だから、手が熱いって不快なのかな?
「ごめん、じゃあ離すよ」
そう言って、俺が握っていた手を離そうとしたら、楓は逃すまいと強く握ってきた。
「嫌だとは言ってないよ。それに冷房の利いたバスの中だと温かくて心地いいよ」
絵になるような、少女らしい笑顔を見せられて俺は、顔を赤くしながら顔を反対側に向けた。
楓はくすりと笑った。
「な、何で笑うんだよ」
「だって、和義くんって照れちゃうと、いつも顔を反対に逸らしちゃうから」
俺の事をよく見てくれているからわかることなんだなって感心した。
「私は、和義くんをよく見てるよ。だって、一年前までは彼女だったんだから」
楓が握っている手を強くした。
その行為に、俺にとって嬉しい気持ちが込められているんじゃないかと思うと、俺は嬉しくてしょうがなかった。
『次は、動物園前、動物園前です』
バスの車内に次降りるバス停のアナウンスが響く。
楓は停車ボタンを押した。
バスが俺たちの降りるバス停にたどり着いた。
「じゃあ、降りよっか」
立ち上がる楓に倣って俺も席を立った。その時、自然と手を離された俺は物寂しくなった。